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52815.神戸ものがたり  
名前:オグロドリ    日付:2015年01月24日(土) 16時14分
Original Size: 1500 x 2159, 381KB

   MASAYOさん こんにちは

神戸の歴史とその歩みと背景を知る上で、陳舜臣 著 ”神戸ものがたり”が愛読書となりました。

著者は、大正13年2月18日生まれ。
神戸市中央区海岸通5丁目(かもめりあ の北あたり)生家は、海陸産物を営む華僑商館の次男。
1階は倉庫・2階は事務所・3階が住居となっていた。

エピソードは、実に多く詳しくは本を読むしかないが、
昭和13年 阪神大水害 、 当時中学3年生で、生田川の復旧に勤労奉仕に駆り出されている。
(生田川は、明治以前は加納町〜フラワーロードを流れていたが、明治初年紀州藩御用人加納宗七が新生田川(現在の生田川)を掘り、加納町〜フラワーロードを埋め市街地を造った。
加納町に御用人の名を残す)

昭和20年 神戸大空襲  3階建の実家全焼。

平成17年 阪神・淡路大震災 脳内出血(5か月入院)退院4日目 六甲高台自宅で体験。
京都に避難。
1月25日朝刊 神戸新聞・京都新聞 に
神戸市民へのメッセージを書き、掲載された。
 ”神戸よ”
   ・
   ・
   ・
14行もの文なので、神戸新聞NEXT 1月24日
陳舜臣さん 寄稿「悲しみを越えて」
 http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201501/0007678240.shtml
に載っていますので、ご覧ください。

神戸ものがたりは、1981年(昭和56年)出版されていますが、阪神・淡路大震災後、
”一月一七日のこと” 書き下ろしを一編(12ページ)書き加え、
1998年(平成10年)に「再」発行しています。(写真)

神戸・中国の語り部を失ったことは悲しい。

私たちは、平成27年1月21日 午前5時46分は忘れない。

                       合掌



52816.Re: 神戸ものがたり
名前:MASAYO    日付:2015年01月24日(土) 21時10分
Original Size: 640 x 608, 60KB

オグロドリさん、神戸ものがたりは本当にいいですね。
うちにもあります。
何度も読み返しましたが、またあらためて読もうと思います。
陳さんの神戸への想いが伝わってきますね。
そして昔の神戸の姿がわかっていろいろ想像しますね。

もう1冊。
司馬遼太郎さんの「ここに神戸がある」も大好きな本です。
この2冊が一番好きです!



52832.Re: ここに神戸がある
名前:オグロドリ    日付:2015年01月30日(金) 14時50分
Original Size: 1200 x 1186, 174KB

  MASAYOさんの、特選図書”ここに神戸がある” 読ませてもらいました。

”神戸ものがたり”は、海岸通りに生まれた陳舜臣の内からみた神戸史であり、

司馬遼太郎の”ここに神戸がある”は、大阪人からみた神戸訪問記である。

司馬遼太郎は陳舜臣より半年早く生まれているが、大阪外国語学校では、
陳舜臣は1学年上となっている。
司馬遼太郎は、陳舜臣の家に、『なんにも用がないが』と言って訪れ、
『神戸に来るとほっとする』と言ったりするほどの長いつきあいをしている。

ここに神戸がある は月刊神戸っ子 1961年の連載10編と1962年連載”問わず語り”12編が
中心となっているが、

”司馬さんとの想い出  司馬さんと神戸    陳舜臣”

”世界にただ一つの神戸  司馬遼太郎   一九九五・一・二五”
などの文や交友写真が収められています。

神戸ものがたり と ここに神戸がある
味わい深いものがあります。

(写真左  司馬遼太郎、  右 陳舜臣)



52833.Re: ここに神戸がある
名前:MASAYO    日付:2015年01月30日(金) 21時39分
オグロドリさん、ご紹介ありがとうございます。

「世界にただ一つの神戸」
何度読んでも涙が出そうになります。

「海鳴りやまず」も最高です。(笑)
神戸の歴史はわくわくします〜♪o(^▽^)o


「52815.神戸ものがたり」への返信


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