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あいちゃんの談話室
ファミリー登山と文学散歩の掲示板です。主に九州をフィールドにしています。管理人 (二児の父親)は福岡県朝倉市在住です。

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4470.琵琶湖ウォーキング  
名前:甘木のあいちゃん    日付:2009/04/04(土) 12:50
新大阪から野洲行きの電車に乗ります。
京都を過ぎるのは初めてでワクワクします。
トンネルを二つくぐって大津駅に着きます。
滋賀県に足を踏み入れるのも初めてです。
大津駅前は明るい感じです。

タクシーで「なぎさ公園までお願いします」と言ったら、駅から琵琶湖に向かい、つきあたったところで降ろされました。
ここはなぎさ公園の西端で、琵琶湖ホテルがありました。
わたしは大津プリンスホテルあたりを頭に置いていました。
30分ほど余計に歩くことになりました。
怪我の功名でしたが、ここから歩いたのは風情があったという点でとても良かったです。

琵琶湖ホテルから石山寺までは9キロほどあります。
10時20分にスタートして、石山寺に12時20分に着きました。

とても気持ちの良いコースでした。
湖畔の遊歩道は良く整備されて歩きやすいです。
琵琶湖には水鳥が泳ぎ、釣りを楽しむ人々が大勢います。
対岸の様子も見えます。
比叡山や比良山が見えますが、比良山には雪が残っています。

1時間ほど歩いて、近江大橋の下をくぐり、膳所城跡公園に着きました。
三等三角点がありました。

膳所公園からは素朴な水辺の散歩コースという感じになります。
瀬田川に沿った歩きになります。

「四高桜」の案内板がありました。
「四高桜」は滋賀県高島市に記念碑があるそうですが、これはその一部が移植されたもののようです。
1941年に石川県金沢市の旧制四高ボート部員11名が琵琶湖で訓練中突風に見舞われ全員遭難死するという痛ましい事故があったということです。

粟津中学校のところを通りました。
平家物語に「木曽の最期」というところがあります。
宇治川の戦いの後です。
「粟津のいくさはなかりけれ」という一節で終わります。
昨年の今頃、宇治に行きましたが、宇治川の戦いの記念碑がありました。
粟津を流れる瀬田川の下流が宇治川になります。
歴史を感じました。

京都大学ボートセンターを過ぎて、京阪石山寺駅のところから石山寺の参道に入ります。

石山寺の前は賑やかでした。
既にお昼を過ぎていましたので、昼食にします。
シジミ飯を食べようと目論んでいましたが、何軒もあって迷います。
「創業寛政十一年」に惹かれて入ります。
席からは瀬田川の流れが見えて風情がありました。

シジミ釜飯とシジミ汁の食事です。
2時間も歩いてきたということもあり、とても美味しいです。
シジミ飯に憧れていたのは、五木寛之さんの「百寺巡礼 第四巻 滋賀・東海」の記述からです。
石山寺に来た五木寛之さんは瀬田川を一望しながらシジミ飯に舌鼓を打っています。
その追体験を親子でしました。

石山寺に参拝します。
石山寺は広くて小山のようなところです。
歩くのには体力がいります。
山登りのようで、楽しく歩きました。

源氏の間や紫式部など、石山寺は源氏物語ゆかりの寺の印象が強いです。
紫式部は石山寺で源氏物語を執筆したと伝えられています。
藤原道綱母の『蜻蛉日記』、『更級日記』の菅原孝標女、『和泉式部日記』など、平安期の女流作家たちは石山寺を訪れたり、参籠したりしています。

石山寺を出て、ぜんざいを食べて、バスに乗って石山駅に向かいました。
石山駅はJRと京阪の駅が一緒のところでした。
松尾芭蕉の銅像がありました。
「幻住庵の記」に見られるように松尾芭蕉はこの地で4ヶ月過ごしています。
幻住庵も行きたいと思いました。

石山駅からJRで大阪まで行き、阪神百貨店のスナックパークでイカ焼きを食べました。
イカ焼きは8年ぶりくらいに食べました。

夢のような旅行でした。
わずか2日間でしたが、非日常的な体験としての旅行はたまにはするものだと思いました。
娘との旅行ができて、一緒に琵琶湖ウォーキングができたことも嬉しいことでした。


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