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日本史関係情報掲示板

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1078.「江戸時代における川利用の多様性と諸生業の共存―西方郷と小倉川―」 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/05/24(火) 16:47
平野哲也さんより「江戸時代における川利用の多様性と諸生業の共存―西方郷と小倉川―」(『栃木県立文書館研究紀要』15)を送っていただきました。どうもありがとうございました。栃木県を流れる小倉川(思川)が江戸時代にどのように管理されて利用されていたのか、詳細に述べられています。

1077.「鎌倉後期北下総を中心とする真宗の展開―親鸞没後の門徒の動向を探って―」 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/05/24(火) 16:42
飛田英世さんより「鎌倉後期北下総を中心とする真宗の展開―親鸞没後の門徒の動向を探って―」(『茨城県立歴史館報』38)を送っていただきました。どうもありがとうございました。親鸞没後の門徒について、北下総を中心とした門徒たちの動向と、北条氏との関連について述べられています。

1076.伊勢湾・熊野地域研究センター研究会 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/05/10(火) 10:12
日時 2011年5月10日(火) 18時00分から20時
場所 伊勢湾・熊野地域研究センター室(三重大学共通教 育4号館5階)

発表者 杉本 竜 先生(桑名市博物館)
題目 「武士の“就活” −桑名藩士・川澄家の軌跡−」

発表要旨
昨年、旧桑名藩士である川澄家から多くの資料を桑名市博物館にご寄贈いただきました。それら資料群には、川澄家に関するものから、主君にあたる松平家にかかわるもの、当主がコレクションされた書画骨董、刀剣類など様々な資料が含まれています。
本報告では、そうした資料群の紹介に加えて、川澄家がどのようにして松平家に仕えることになったのかという、いわば「武士の就活」と、その「年収」を軸に、400年を経て現代までつながる川澄家の歴史を紹介いたします。

1075.中世史研究会例会 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/05/02(月) 21:44
報告者:近藤 好和 氏

題目:「歴博甲本『洛中洛外図屏風』にみえる禁裏正月行事」

日時:2011年5月20日(金)
   18: 30〜21:00 (開場18:00)
会場:国鉄会館7階「桜・梅」
  (JR名古屋駅太閤通口から南に徒歩4分)

1050.栄中日文化センター紀行講座 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/03/09(水) 00:29
原始以来のパワースポット 奈良・春日
〜春日大社・若草山・地獄谷の石窟仏〜
山田雄司講師同行

藤香る初夏の春日大社を正式参拝し、若草山からの展望や地獄谷の石窟仏なども見にいきます。じっくりと春日大社を味わいましょう。
•5月7日(土)8:30 名古屋駅西口出発
•11,600円 ※最少催行人員25名
•旅行主催・お申し込み 名阪近鉄旅行
http://www.chunichi-culture.com/



1074.春日奥山
名前:山田雄司    日付:2011/05/01(日) 22:46
上記紀行講座の催行が決定しました。
まだ残席がありますので、どうぞお申し込み下さい。

1072.第36回「実隆公記」を読む会 返信  引用 
名前:苅米一志    日付:2011/04/28(木) 11:22
下記のとおり会のご案内をいたしますので、ご参加の程お願いいたします。

日時:2011年5月28日(土)14:00〜
場所:就実大学 附属図書館 3階スタディルーム
内容:文明8年4月1日条〜
テキストは当日配布します。

その他:講読会終了後は、懇親会を予定しています。

☆データ配信中!!
『実隆公記』文明6年条および同7年条の注釈を作成しました。
無料でデータを配信しておりますので、ご希望の方はご連絡ください。

http://www.shujitsu.ac.jp/web/department/cultural/kibi/index.html

1071.日本中世史研究会例会 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/24(日) 19:14
日時  2011年5月7日(土)
  午後3時〜 (開始時間にご注意ください)

於中央大学理工学部 5号館5136教室
 地下鉄丸の内線・南北線 後楽園駅
 都営三田線・大江戸線  春日駅 ほか
http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/access/access_korakuen.html
http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/access/k_map.html

 須賀 忠芳氏
「陸奥国南山における戦国期城下町の形成(仮)」

【参考文献】
・『田島町史 第1巻 通史T 原始・古代・中世・近世初期』1985年。
・齋藤慎一「戦国期城下町成立の前提」『歴史評論』572号、1997年、
後、同著『中世東国の領域と城館』吉川弘文館、2002年所収。
・大石直正「陸奥国の戦国都市」
 大石直正・小林清治編『陸奥国の戦国社会』高志書院、2004年。
・須賀忠芳「中世後期長沼氏の存在形態−陸奥南山の所領と交通上の位置−」
 『日本史学集録』28号、2005年。

1070.「神道と日本人の信仰心」 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/21(木) 16:18
白山芳太郎さんより「神道と日本人の信仰」(『皇學館大学紀要』49)を送っていただきました。どうもありがとうございました。仏教に見られる神道との重層性や伊勢神道に見られる日本人の信仰心についてわかりやすく述べられています。

1069.『三重大学歴史都市研究センターニューズレター』第1号 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/18(月) 14:57
三重大学歴史都市研究センターニューズレター第1号が刊行されました。内容は以下のとおりです。

センター設立にあたって  藤田達生
活動報告
 2010年度三重大学歴史都市研究センターの活動 藤田達生
 月例会の記録(第1回〜第7回)
論説
 中近世移行期の熊野と赤木城  伊藤裕偉
 伊予時代の藤堂高虎  藤田達生
 藤堂高虎像補説  山口泰弘
 寛文度 津城太鼓櫓に関する研究  松島悠
 現存の津城下町絵図と描写年代  齋藤隼人
 津城廃城後の経緯に関する資料について  吉村利男 
http://www.mie-u.ac.jp/research/intro/ct0014-00.html

1068.佐々木倫朗氏著『戦国期権力佐竹氏の研究』 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/18(月) 14:46
佐々木倫朗さんより『戦国期権力佐竹氏の研究』(思文閣出版)を送っていただきました。どうもありがとうございました。北関東の伝統的豪族層である佐竹氏の権力形成や地域社会との関わりの考察から、戦国期の東国政治権力の特質について論じています。

1066.倭語とは何か。 返信  引用 
名前:和人    日付:2011/04/17(日) 14:52


■中国語と呉系倭語の関係
                           
 中国語の中に、倭語の残影が見える。
 中国語で、夜をイェ(YE)と発音するが、 古代 日本語(倭語)では、夜(よる)をヨ(YO)とか、
ヤ(YA)と発音。 音が似ている。
 中国語では泥をニィ(NI)と発音するが、古代日本語では土をニ(NI)と言った。
また、中国語では気をチィ(CHI)と発音するが、古代日本語では霊をチ(CHI)と言った。
 中国語では土をトゥ(TU)と発音するが、古代日本語では処をト(TO)と言った。

 また、中国語では「良い」という意味の『好』の字をハオ(HAO)と発音するが、古代日本語では「優れている」
「他よりも立派だ」「特別に良い」という意味の『秀』の字をホ(HO)と言った。

 これらの言葉の音と意味の類似は、もちろん偶然ではない。中国語の中に大陸南部や山東半島で使われていた
倭語の単語が残っているのである。
 中国語の気(チィ)と古代日本語の霊(チ)は、漢字は異なるが意味は近い。古代シナの倭人が語った気(チィ)を、
古代日本人は霊(チ)として理解したのだ。

 もちろん、中国語と日本語はまったく系統が異なる言語である。中国語は北方遊牧民の言葉である漢語が発展したものであり、
日本語は、古代シナ大陸南部で話されていた倭語が発展した言語である。
 しかし、4世紀から10世紀にかけて、シナ北部の漢人・鮮卑勢力が南下して、大陸南部の倭人勢力を支配下に置いた。
そして北方遊牧民と南方農耕民=倭人(呉人)が混血することで、現在の中国人の原型となる民族が形成されたわけであるが、
その過程において、倭人が話していた倭語の単語の一部も漢語の中に吸収されていき、それにより中国語の基本型が生まれたのだ。
 したがって、漢語と倭語は異なる言語ではあるけれども、中国語の中に古代倭語の言葉がわずかに残っているのだ。

1065.「神戸能房編『伊勢記』の著述意図と内容的特徴」 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/12(火) 15:50
勢田道生さんより「神戸能房編『伊勢記』の著述意図と内容的特徴」(『待兼山論叢』44文学編)を送っていただきました。どうもありがとうございました。神戸能房による『伊勢記』編纂には、正応から天正までについての正確な史書を編纂するという目的とともに、北畠の系統を継ぐ自身の由緒を宣揚するという意図があったと述べられています。

1064.「乙訓郡「惣国」の構造―惣国一揆論の再検討」 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/12(火) 14:56
呉座勇一さんより「乙訓郡「惣国」の構造―惣国一揆論の再検討」(『東京大学史料編纂所研究紀要』21)を送っていただきました。どうもありがとうございました。「惣国一揆」についての研究史を整理した上で、乙訓郡「惣国」は国衆の地域的結合としてとらえるべきであると主張されています。

1063.「東国における武士と法会・祭礼との関係―足利鑁阿寺・宇都宮神宮寺の一切経会を中心に―」 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2011/04/11(月) 00:17
山本隆志先生より「東国における武士と法会・祭礼との関係―足利鑁阿寺・宇都宮神宮寺の一切経会を中心に―」(『歴史人類』39)をおくっていただきました。どうもありがとうございました。足利鑁阿寺および宇都宮神宮寺の一切経会の具体像を明らかにし、一切経会とはその場に地域社会の諸階層が参加する、武士により文化的政治的行事であるとしています。


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