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ある日のシラフバックナンバー

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その93「ライブレポート」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:28
 6月18日、東京は渋谷のクラブクアトロにイースタンユースの企画ライブ「極東最前線〜遠雷と六月俺達〜」を見に行く。ゲストはtoe。
 6時20分頃にクアトロに入る。
 物販でTシャツを買ってからライブスペースに入って場所を確保。イースタンのライブの時は、筋金入りのライブウォッチャーなんのこっちゃい西山。氏と知人のミュージシャン函館くんの姿を探してしまう。西山。氏は見つけられたが函館くんは見つけられず。今回は来ていなかったか。
 7時過ぎにライブスタート。
 まずはゲストのtoe。
 ギター2人、ベース、ドラムによるインストバンド。去年、envyを見に行った時のゲストとして出ていて、その時に初めて見たのだがなかなかに良く、その後、タワーレコードで流れていたDVDの映像を見てはまり、CDやDVDを購入するようになった。音源ではストイックだが、ライブになると結構アグレッシブル。envyのゲストで見た時は予備知識がまったくなかったが、今回は曲を知っているのでさらに深く楽しめた。
 そしてメインのイースタンユース。
 ボーカル&ギター吉野、ベース二宮、ドラム田森による不動の3ピースバンド。
 簡単な挨拶の後、口笛のイントロが印象的な「夏の日の午後」からスタート。そのまま「砂塵の彼方」、「黒い太陽」と熱いナンバーが続く。吉野氏の首筋は引きつりっぱなし。ペース配分を考えないので3曲目ですでに声が出なくなったりしていた。上手にまとめようとしないのがイースタンユースの魅力でもある。
 数曲続けて歌ってMC。「にっこり・・・西にっこり(日暮里)」というダジャレに苦笑しつつもダレることなくライブは続く。
 アルバム「DON QUIJOTE」収録の「暁のサンタマリア」は久々に聴く。「DON QUIJOTE」の曲を聴くと栃木に歌いに行った時のことを思い出す。駅からライブハウスまでの結構長い道筋を歩きながらMDにダビングしたこのアルバムを聴きつづけていた。道沿いのつる草は伸び放題で、テレビアンテナはどこの家のやつも高かった。イトーヨーカドーがデンとあり、自分はユニクロの黒Tシャツを着ていた。全部昨日のことのように覚えてる。
 ライブ後半には一番好きな「矯正視力〇・六」が歌われて感無量。「何回だってやり直す〜」という歌い出しは何回聴いてもグッと来る。不変の名曲。
 本編の最後は最新アルバムから「荒野に針路を取れ」を歌って締める。
 そして、もちろんアンコール。
 「DON QUIJOTE」収録の「JET MAN」。そして、「素晴らしき世界」という絶妙の選曲。
 ライブ終了後に9月3日のライブの先行前売り販売をやっていたので迷わず購入。ゲストはTheピーズ。今から楽しみ。
 イースタンユースのライブを見ると、いつも気持ちが引き締まる。


 2007年7月

その92「ネオンホール」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:27
 長野にあるライブハウスネオンホールが毎年出しているオムニバスアルバムの内容は、ロックあり、ポップスあり、弾き語りありとバラエティにとんでいて色々ありだが、ただひとつ「嘘」だけがない。
 「嘘」でなければ「本当」なのかというとそれもちょっと違うような気がする「本当」というよりは「そのまま」。自分のそのままを音楽で表現しているものばかりだった。もちろん、そのミュージシャン達と話したことはないので、一人々々がどう思っているかは知らない。でも、CDに納められている音楽に触れてそう思えたということが大事なのだと思う。
 オムニバスアルバムなのであまり好みでないものもあるけれど、自分のそのままを音や歌にしている人々の音楽は尊重できる。多くの人に受ける為に「自分」を手放し、何か迎合したような、嫌われないようにどこか遠慮したような感じはなかった。だからといってひとりよがりでもなく、変に難解なものもない。「そのまま」を素直に出している。そんな、「そのまま」は決して多くはないけれど、人の心の深いところに伝わる。その瞬間は何物にも換え難いはずだ。
 音楽を続けるにあたって地方は不利かなと思っていたが、よけいな情報や流行に惑わされずに自分の歌や音楽を育てるには意外と良いのかもしれない。実際にはしんどいところもあるとは思うのだが、そういったことも受け止めなからコピーバンドなんかではなくオリジナルで音楽を続けている人達は素晴らしい。個人的に北海道と九州のミュージシャンには凄い人が多いと思っているのだが、ネオンホールのオムニバスを聴くと長野のミュージシャンも凄いのではないかと思ってしまう。
 自分もいつかネオンホールで歌ってみたい。そんなに厳しいオーディションがあるようではないので、デモテープを送ってノルマを払えば歌えるとは思うのだが、やはりあそこで歌うにはもっと自分を磨いてからではないとと気合いを入れ直すのであった。


 2007年6月

その91「音楽雑誌」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:26
 音楽雑誌を定期購読するようになったのは高校生くらいから。テレビの歌番組に出てくるミュージシャン以外の新譜情報や近況を知るために読むようになった。
 「ロッキンオンジャパン」や「シンプジャーナル」には時々投稿していた。「ミュージックマガジン」は、取り上げられている音楽ジャンルが多様すぎるのであまり読むところはなかったが大人ぶって背伸びをして買っていた。「ワッツイン」は創刊号から買っていて、ライブレポートのセットリストを見るのが楽しみだった。
 音楽雑誌ではないが、80、90年代の日本インディーズ音楽情報を知るには「宝島」が一番だったと思う。「VOW」という投稿コーナーがあり、そこのコーナーはあまり熱心に読んでいなかったのに、「ジャンケンに負けた私はベーシスト」という川柳だけは今でも覚えている。
 その後、バンドブームが来て「バンドやろうぜ」なんていう雑誌も創刊され、数冊買ったことがある。メンバー募集コーナーには、「ヤンキー×」とか、「ボーカル以外の全パート募集。もしくは当方がボーカルとして加入」などという投稿が多かった。
 それからさらに数年が経ち、サンプルCD付きの雑誌が出るようになった。自分も「インディーズマガジン」のサンプルCDを聴いたきっかけで好きになったバンドがいくつかあり、その中のひとつがマーガレットズロースだった。
 買ったり、止めたり、廃刊になったりと色々あったが、数年前には「プレイヤー」と「DOLL」の2誌だけを読むようになった。「プレイヤー」は、洋楽の、しかもヘビメタ、ハードロックバンドが中心の内容だったのではあまり読むところはなかったが、楽器店の情報は知りたかったし、自分のライブスケジュールをハガキで送ればほぼ必ず載せてくれたし、プレゼント目当てで毎月投稿していたら年に2回くらいは当たるし、投稿文が載れば掲載誌を送ってくれるしというサービスぶりが好きだった。
 その「プレイヤー」も購読を止めてしまい、今やパンク雑誌の「DOLL」だけを読んでいる。30も半ばを過ぎて読んでいる音楽雑誌が「DOLL」だけというのはどうしたもんだと思ったりもするが、とても読みがいがあるのでしかたがない。毎月、ほとんど全ての記事を読むので2、3時間じゃ読みきれない。
 自分達がやりたい音楽を自分達の力でやりたいようにやっているミュージシャンは年上年下関係なく尊敬できる。
 「DOLL」にはそんなミュージシャンが沢山紹介されている。


 2007年5月

その90「夜のストレンジャーズ」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:21
 夜のストレンジャーズを聴くようになったのは去年から。その前から「夜のストレンジャーズ」という名前は知っていて、何となく魅かれるものがあった。「夜の」とつくのが良い。ただの「ストレンジャーズ」だったら気にならなかったと思う。
 まず、オムニバスに参加していたやつを聴いてみたのだがそれではピンと来なかった。
 その後、ディスクユニオンの中古コーナーで2ndアルバム「Beautiful Life」を見つける。値段は確か1700円前後。昔と違って収入が不安定だったので、自分の好みかどうか分からないバンドのCDに1700円出すかどうか大分迷った覚えがある。バンド名はカッコイイけど、もしかしたらサビのフレーズだけ英語というダサイバンドなんじゃないかという予感もしていた。中古コーナーの前であれこれ考え、とにかく聴いてみなきゃ分からないと腹をくくって購入。CDを買うのもギャンブル。ミュージシャンはギャンブラーでもなければいけない。
 家に帰り、少し不安な気持ちでCDを開ける。曲名はほとんど横文字。これはやはりダサイバンドだったかと思いながらCDをデッキに入れた。そして、スピーカーから聴こえてきたのは御機嫌なブギーでブルースなロック「Boogaloo Joe」。「たわけた連中とっくに追い抜いて 一番でかい肉をいただくぜ」というフレーズにハマった。曲のほとんどはサビだけ英語というパターンで、個人的にそういうバンドは嫌いなのだが、もうそんなことどうでもよく、ミッシェルガンエレファントのように問答無用で好きになってしまうだけの強烈な魅力を持っているバンドだった。
 すぐさま他のCDも購入し、ホームページを探してライブスケジュールをチェック。ライブを見てやはりいいバンドだと再確認。自分の好みのバンドやミュージシャンと出会い、CDやライブに触れてワクワクできる瞬間はとても楽しい。
 そんな夜ストのライブの女性客はいい女が多いような気がする。ライブハウスの薄暗い状況で見ているからいい女に見えるだけなのだろうか。いや違う。いいライブにはいい女が集まる。ライブとはそういうものだ。


 2007年4月

その89「ROUGH CUT&READY DUBBED」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:19
 東京は渋谷の映画館シアターN渋谷で「ROUGH CUT&READY DUBBED」を見る。1982年制作のUKパンクドキュメント映画で、ミュージシャンやファンのコメントやライブ映像などで構成されている。上映分数は61分。映画としてはやや短いが、パンク映画なら納得の短さ。必要以上に長くしないのがパンクロックの基本。
 1982年の制作なので、ピストルズ、クラッシュ、ダムドなど、その当時のバンドに対するコメントが多い。クラッシュに対して好き嫌いが分かれていて驚く。売れてつまらなくなったという意見もあれば、ジョー・ストラマーやポール・ウェラーは売れても変わらなかったという意見もある。スティッフリトルフィンガーズのジェイク・バーンズがクラッシュを否定していたのが意外。この映画で一番嬉しかったのが、そのスティッフリトルフィンガーズのライブ映像が見られたということ。叫ぶというより怒鳴るという感じのジェイク・バーンズが最高だった。 
 パンクロックは好きだが、パンクなら何でもいいというわけではない。Oiパンクは嫌いじゃないが、スキンズの村社会的気質はやはり受け付けない。サッカーのフーリガンとスキンズは同じだという意見に納得するのであった。
 そして、ジョニーGというミュージシャンが、ざわついているパブのような所でバスドラとハイハットを足で鳴らしながらテレキャスターの弾き語りをしている映像にグッとくるのであった。音はパンクではないが、パンクを感じる。
 パンクの歴史を振り返った時によく出てくるのが、「結局、何も変わらなかった」という意見で、確かに眼に見える形で何かが変わったりはしなかったが、それでもパンクロックは今も世界中で鳴り続けている。パンクロックで何かを変えたいというよりも、パンクロックを信じている人達が沢山いる。
 信じられるものがあるのはいいことだ。

 http://www.nowonmedia.com/roughcut/index.html


 2007年3月

その88「ライブレポート」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:19
 2007年1月 5日 入谷なってるハウス
 三上寛

 東京は入谷のジャズスポットなってるハウスに三上寛さんのライブを見に行く。
 入谷駅で降り、ローソンの脇を曲がって真っ直ぐ。ぽつんぽつんと飲み屋ばかりが続くので、もしかしたら道を間違えたかなあと思った頃になってるハウスの看板が見える。
 7時45分頃に中に入る。まだリハーサル中であった。リハが終ったところで三上さんに挨拶。森君が来るが、久々に会うので話すタイミングを逃す。
 ふと、ステージに置かれた三上さんのギターを見る。ギターは相変わらずグレッチのセミアコだが、ストラップはまた変わっていた。三上さんはストラップを替えるのが趣味のよう。
 8時15分頃にライブスタート。
 まずは三上さんのソロ。
 「某月某日」でスタート。
 いつものように、弾くというよりは鳴らすというギターで歌ってゆく。選曲は、アルバム「1979」と「BACHI」の中からのみなのだろうなと思ったら、「七月の英傑」に入っている「thirteen」を歌い出したのでびっくり。三上さんは、新しいアルバムが出ると、それより2枚前のアルバムあたりからの曲はまったくと言っていいほど歌わなくなるのでとても意外だった。市川りぶるでライブを見ていた頃を思い出す。
 そして、新年になると必ず歌っている「このレコードを私に下さい」が飛び出す。「燃えてる街をくぐり抜けて正月の八百屋から〜」というフレーズが入っているこの曲を聴かないと新年になった気がしない。
 約30分ほど歌って休憩。
 次は鈴木常吉。
 セメントミキサーズのボーカルとしてイカ天にも出たことがある人。つれれこ社中を経て今はソロ。今日はギターを弾かずにボタン式アコーディオンのみ。
 「鉛の兵隊」から歌い始め、他の追随を許さない鈴木ワールドで歌い続ける。ソロCDを早く手に入れなければ。
 そして、休憩後に、三上、鈴木、広沢哲(サックス)でのトリオの演奏。
 鈴木氏も広沢氏も三上さんに遠慮はしていないと思うが、だからといって自分の音ばかりを前に出すようなことはせず、ちゃんと全体の音を考えてやっていたと思う。
 三上さんも、相変わらずのガニ股すり足ステップでステージを彩る。
 今日は、「尾崎神社」と、「DEEREYE」はなかった。最近はやらないのだろうか。
 でも、最後はもちろん「美術館」。これはもうハードコアと言ってもいいだろう。
 ライブ終了後、三上さんに挨拶。話の流れで、実家の仕事を辞めて東船橋に引っ越したことを告げたら、「気楽にやれよ」と、言ってくれた。特別な言葉ではないが、三上さんに言われたら楽になった。自分のスタイルを信じて自力でやってきた人間の一言には力がある。この一言をもらう為に自分は見に来たのかもしれない。 


 2007年2月

その87「2006年個人的ベストアルバム」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:18
 envy「Insomniac doze」
 小谷美紗子「CATCH」
 イースタンユース「365歩のブルース」
 マーガレットズロース「DODODO」
 Discharming man「Discharming man」
 夜のストレンジャーズ「STILL CRAZY」
 ザ・クロマニヨンズ「ザ・クロマニヨンズ」
 オハラマヤ「ドロメEP」
 レイ・デイヴィス「アザー・ピープルズ・ライヴズ」
 トム・ウェイツ「オーファンズ」

 今年は順位をつけずに10枚。毎年、今年は良いアルバムに10枚以上出会えるだろうかと思ったりするのだが、なんだかんだで出会えてしまう。ありがたい。
 envyはどうしようもないくらい凄い。この痛みは本物だ。
 小谷美紗子は静かに力強く凄い。
 イースタンユースにブルースを感じないやつは何も聴かなくていい。
 マーガレットズロースいい具合に肩の力が抜けている。
 Discharming manの核はハードコアだ。
 夜のストレンジャーズはノリノリ。
 ザ・クロマニヨンズはイキイキ。
 オハラマヤはただもんじゃない。
 キンクスのレイ・デイヴィスがソロCDを出してくれたのはうれしい。
 トム・ウェイツの新作は3枚組。相変わらずゴチャゴチャのようでいて統一感があるのは芯が通っているからだ。

 その他、toe、マンドゥ・ディアオ、M.J.Qのアルバムも良かった。


 2007年1月

その86「ストップ・ザ・クロックス」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:17
 オアシスのベストアルバム「ストップ・ザ・クロックス」が発売された。新作ではないし、新曲や未発表曲入りのベストでもなく、ただのベストなので待ちに待ったという感じではないけど発売されれば迷わず購入。
 満足のゆくトリビュートアルバムというのもなかなかないが、ベストなベストアルバムというのもなかなかない。名曲ぞろいではあるが、どうしてあの曲を入れなかったのかという不満はどうしても出てくる。「ホワットエヴァー」と「ステイ・ヤング」は絶対に入れてほしかったと思っているし、3rdアルバムからの曲を1曲も入れなかったというのも残念。クラッシュがベストアルバムに6枚目の「カット・ザ・クラップ」からの曲を入れなかったというのと同じく、本人達自ら失敗作と言っているのでなかったことにしたいのかもしれないが、「ドント・ゴー・アウェイ」などはベストに入れても良いと思し、アルバムも、やや大味だけど悪くはないと思っている。
 個人的にはアルバム1枚々々の出来よりも、4枚目以降からノエル・ギャラガー以外のメンバーが書いた曲が収録されるようになったのが不満。それらの曲が良いとか悪いとかではなく、やはりオアシスのアルバムはノエル一人で書いた世界感で統一してほしい。他のメンバーが書いた曲はシングルのカップリングでどうかひとつ。
 オアシスは、ビートルズだビートルズだとよく言われているけれど、ただそれだけであそこまでのバンドにはなれない。ノエルのソングライティングのセンスはやはり素晴らしいと思う。自分にとってはビートルズよりもオアシスである。ノエルがギルドの12弦で曲を作っていると知った時は自分も同じギターを買おうかなと考えたほどだ。
 ブリットポップブームや、当時のイギリスの空気など、何もかも自分達の勢いにすることができた中で作られた2ndアルバム「モーニング・グローリー」を越えるアルバムはなかなか作れないだろうが、自分はこれからもオアシスの新作が発売されれば期待しながら購入するだろう。


 2006年12月

その85「ライブレポート」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:15
 友川カズキ
 2006年10月11日 渋谷アピア

 数年ぶりで友川カズキのライブを観る。
 なぜだか知らないがかずきからカズキに名前を変えた。
 2組の前座の後に友川さんの出番。この頃になると立ち見も出て開場は満員。
 サポートの石塚俊明(ドラム)と永畑雅人(ピアノ、マンドリン)が先にステージに上がり、そして、ホームレスが持っているような紙袋を持って友川さんが登場。吉祥寺のMANDALAUでよく観ていた頃はでかいバックに歌詞カードやら替えの弦やらをぶちこんでいたが、それが今は紙袋になっていた。
 ステージ中央に座り、傍らに置いたヤカンの水割りを飲みながら、競輪評論家の仕事で行った山口での出来事の愚痴からスタート。いきなり歌わないのは相変わらず。皆と一緒にくすくす笑いながら歌い出すのを待つ。友川さんのライブはなにかしら待たされるのがお約束。
 そして歌い出したのがなんと「トドを殺すな」。いきなりノックダウンを食らった感じだ。
 その後も、やや長いMCをはさみ、叫びも囁きも友川カズキとしか言いようのない唯一無二の歌を歌ってゆく。
 今使っているギターはヤマハとタカミネで、マイク録りではなくラインで出していた。ラインにしてモニターの返りが良くなったからかどうかは分からないが、1部の後半まで弦を切らなかった。昔は1曲目で切る時もあった。切らないならそれはそれでいいことなのかもしれないが、あまり弦を切らない友川さんはちょっと寂しい。
 1部の最後に歌った「井戸の中で神様が泣いていた」を聴いたらMANDALAUに観に行っていた頃を思い出した。
 2部はややMCが短か目のライブ進行。予め選曲しておくのではなく、その時の気分で曲を決め、サポートの2人に曲名を伝えて歌ってゆくという形を取っているのでライブ進行はあまりよくはない。でも、友川さんのライブにはそんなことどうでもいいんじゃないかと思わせる魅力がある。
 「似合った青春」のイントロのカッティングに痺れ、アンコールはもはやカオス状態で盛り上がった。
 相変わらず友川さんのライブを観るのは疲れるけれど、こういう疲れは嫌じゃない。


 2006年 11月

その84「3弦、友川かずき、ギターメーカー」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 22:14
 自分はあまり弦を切らないが、他人のライブを観ていてアコギの弦が切れたりすると大抵3弦だったりする。他の弦よりも3弦が切れるシーンを見ることがダントツで多い。時々、セット弦で1弦だけ2本入っているやつがあるが、1弦ではなく3弦を2本にすれば意外と売れるのではないか。
 それはそれとして、3弦ではなく、どの弦も満遍なく切るのが友川かずきである。ギターに対して何の容赦もしないそのハードなストロークは他の追随をゆるさない。ある日のライブでは、最後の曲の演奏中に弦がどんどん切れ、エンディングの時には2本になっていたことがある。
 そんな友川さんは3弦が嫌いらしく、「こいつは全体をまとめようとする」と言い、ある時期から3弦のところに2弦を張ってGにチューニングして使っていた(今でもそうしているのかは分からない)。
 友川さんにとって弦はもちろん消耗品であるが、ギターも同じく消耗品で、ハードストロークですぐにボディに穴が空いてしまうので交換を余儀なくされる。すぐにダメになるからなのか、弘法筆を選ばすなのかは分からないが、あまり高いギターを使わない。ある時期はスズキの2万円のギターを使っていた。スズキというとバイオリンならともかくギターメーカーとしてはあまり有名ではない。今はないと思うが、昔はカワサキというメーカーもあったらしい。ヤマハ、スズキ、カワサキがあるならホンダもありそうなものだが詳細は分からない。カンダのギターなら持っていたことがある。
 70年代フォークブームの時は沢山のギターメーカーがあり、なぎら健壱の「フォークシンガー」という歌の中に、「ピアレスのフォークギター」というフレーズがあるのだが、ライブでは、「ピアレスの〜Kヤイリの〜Sヤイリの〜チャキの〜クロサワオリジナルの〜ジャンボの〜カワイの〜アリアの〜ヤマキの〜トマソンの〜マーソンの・・・フォークギター」などと、当時あったギターメーカーの名前をアドリブで羅列させたりしている。
 金銭的余裕と中古屋での運命的な出会いがあれば、Kヤイリやアリアのように今でもあるメーカーではなく、なくなってしまったメーカーのギターを所有してみたいと思う。


 2006年10月


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