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ある日のシラフバックナンバー

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その123「個人的2009年ベストアルバム」  
名前:シラフ    日付:2010/02/07(日) 05:22
ディスチャーミングマン「ディス・イズ・オール・オブ・ミー」
イースタンユース「歩幅と太陽」
Theピーズ「09初夏盤」
LDK「二つの午後」
MOUSE ON THE KEYS「an anxious object」
マーガレットズロース「マーガレットズロースのロックンロール」
クロマニヨンズ「モンドロッチャ」
HAYDEN「The Place Where We Lived」
夜のストレンジャーズ「オン・ザ・ロード・アゲイン」
toe「ForLongTomorrow」

VA「深夜高速−生きててよかったの集い−」

立川談笑「イラサリマケー」

 09年の冒頭にディスチャーミングマン待望のフルアルバムが出たのはいい流れだった。MOUSE ON THE KEYSのフルアルバムも早く出ないかと待っていた。
 「この曲!」と言える曲があるとアルバム全体が光ってくる。Theピーズとズロースはそういうアルバムだった。
 友部正人がふちがみとふなとと組んだLDK。友部さんは誰と組んでも友部さんなのであった。クロマニヨンズは相変わらずクロマニヨンズなのであった。
 まさか09年もHAYDENの新作が聴けるとは思わなかった。相変わらず地味で良い。
 そして、09年は落語にはまった年でもあった。なので落語のCDも沢山買った。ほとんどが旧譜か中古だったが、唯一09年に出た新譜だったのが立川談笑の3枚目「イラサリマケー」。名盤。
 09年は10枚も出るかなと思ったがなんだかんだて揃ってしまった。毎年そうなっている。今年2月にはthe原爆オナニーズの新作が出るとのこと。こいつは春から縁起が良い。


 2010年1月

その122「あがた森魚ややデラックス」  
名前:シラフ    日付:2010/01/02(土) 05:29
 渋谷のシアターNで「あがた森魚ややデラックス」を見る。2008年、還暦を目前に控えたあがた森魚が、北海道から沖縄までの67ヶ所をキャンピングカーで巡ったライブツアードキュメント。監修が森達也というのが意外だった。
 映画は、自分のライブに納得がいかず逆ギレして客に謝るシーンで始まる。キャンピングカーの交通事故や、何が原因か分からないが(多分、運営費のあれこれ)スタッフと揉めるシーンなどもあり、このツアーはどうなるんだろうと思わせながら映画は進んで行く。
 ツアーで組まれた67ヶ所全部がちゃんとしたライブハウスやジャズ喫茶だけではなく、街のイベントの野外ステージ、公民館の一室のような所での生歌ライブもあった。客も多かったり少なかったり所によって様々。打ち上げの席で酔っ払い、ハメを外しすぎて暴言を吐いたりもしていた。そんなこんながありながらもツアーは続き、翌年の東京九段会館で豪華メンバーとのライブでツアーと映画は締めくくられた。
 映画を見ていて、あちこちでライブをするあがた森魚が羨ましくなってしまった。自分も去年から遠征ライブで長野ネオンホールに行っている。そこで良い感触をつかんでいたので、他にも行こうとネットで地方のライブハウスを探しているのだが次の店を決めかねていた。ネオンホールのように店のサイトを見ただけで良いと確信できる店はあまりなく、実際に行ってやってみないと分からないという店がほとんど。あがた森魚は根強いファンがいてライブもほとんどワンマンだと思うが、アマチュアミュージシャンの自分は普通のブッキングライブの中に組んでもらうことになる。せっかく行くなら、この人と対バンできて良かったという人と対バンしたい。わざわざ行って対バンがアマチュアJ−POPバンドやアマチュアJ−POPシンガーでは何の意味もない。なので、ネオンホールのように自分のスタイルを確立しながら活動しているミュージシャンが沢山いそうだなというのが分からないとなかなか店に連絡を取る気になれないでいた。
 でも、この映画を見て、対バンがどうこうは取りあえず置いておいてとにかくライブをしに行こうと思った。対バンが駄目だったとしてもそこまで行ってみた自分に返ってくるものが沢山あるはずだ。それが自分の歌になるなら行きたい所には行くべきだ。
 そう思ったのだった。


 2009年12月

その121「深夜高速」  
名前:シラフ    日付:2009/12/01(火) 09:42
 オムニバスアルバム「深夜高速−生きててよかったの集い−」は、フラワーカンパニーズの名曲「深夜高速」を、フラカンも含む14組のミュージシャンがカバーしたというアルバム。1ミュージシャンの色々な曲を色々なミュージシャンがカバーするというトリビュートアルバムはよくあるが、たった1曲を色々なミュージシャンがカバーしたというアルバムは珍しい。
 この曲に出会ったのはもう何年も前。自分が下北沢のARTISTというライブハウスに出演していた頃だった。たまたまその店の飛び入りライブに参加した時に風神座という若い男女ユニットがこの曲をカバーしていて、「生きててよかった生きててよかった生きててよかったそんな夜を探している」というフレーズが胸に刺さり一発で好きになったのだった。
 フラカンはデビュー当時から知っていてシングルも1枚持っていたが、ボーカルの声というか歌い方が好きになれなくてそれっきりとなっていたバンドだった。そういう印象を持ってしまうとそこから好きになるということはまずないのだが、「深夜高速」にはそれをあっさり翻すだけの力があった。「深夜高速」のシングルを購入し、何度となく聴き、自分の頭の中のどこかでいつも鳴っている名曲のひとつとなった。
 そんな名曲がカバーされているアルバムだから参加ミュージシャンが誰かなどということは知らないままで迷わず購入した。この手のアルバムは必ずしもそのミュージシャンが好きな連中だけが参加するとは限らない。大して好きでもない、知りもしないけどファン層拡大の為に厚かましく参加するやつらもいる。残念ながらこのアルバムにもそういう連中がいるようだ。誰がそういう連中なのかは音を聴けば分かる。その曲に対する愛が感じられないからだ。でも、そういう連中がいてもこのアルバムは他人に勧められる。フラカンのセルフカバー以外では湯川潮音のカバーが一番よかった。歌い出しから持っていかれた。その曲に敬意を払いつつも自分の色をきちんと出す。カバーとはそういうものだと思う。
 隠れた名曲と言われ続けてきた「深夜高速」だが、名曲は隠れちゃいけない。できるだけ多くの人に伝わるべきだ。これを切っ掛けに広まってほしい。


 2009年11月

その120「オクターブ上で」  
名前:シラフ    日付:2009/11/02(月) 22:55
 マーガレットズロースの新しいアルバム「マーガレットズロースのロックンロール」に収録されている「オクターブ上で」は名曲だ。このエッセイを書いている時点でまだアルバムは購入していないが、YouTubeにアップされていたPVをパソコンに落として毎日のように見ている。
 最初に聴いたのはズロースが発行している小冊子付属のCD−Rに入っていた音質の悪いライブテイクだった。イントロのドラムから何かグッと来るものがあり、ボーカルが歌い出してすぐに名曲だと確信した。名曲は音質を超えて届いてくるものだ。3分間のシンプルなロックンロールに全てが詰まっている。早くこの曲をライブで聴いて体感したい。そう思わずらはいられない。ズロースのライブの時は、「斜陽」、「ぼーっとして夕暮れ」、「檸檬」、「おやじ」、「たぶん飛行機を見ていた」、「ここでうたえ」、「自己偏愛家の歌」など、聴きたい歌が沢山あるのだが、今は「オクターブ上で」が一番聴きたい。
 ちょっとした切っ掛けで歌に出会い、自分にとっての名曲が増えてゆく。自分にとっての名曲を沢山持っているのはいいことだと思う。それで幸せになれるという保証はないが、幸せを感じることは出来る。幸せを感じていると不安が和らぐ。その不安を後回しにしているとやがて大きなツケが回ってくるかもしれないが、その代わりに自分にとっての名曲を沢山知ることが出来たのだから後悔はしないはずだ。
 家族を持ったり定職に就いたりということがまったく気にならないというわけではないが、それでも自分の音楽活動を優先してしまえるというのはきっと自分にとっての名曲を沢山持っているからだと思う。何もかも上手くいっているわけではないし、どちらかというと上手くいっていないことの方が多いけれど、それでも自分はこれでいいのだと思う。


 2009年10月

その119「長野で友部正人」  
名前:シラフ    日付:2009/10/05(月) 01:46
 友部正人のファンになってからというもの毎年必ずどこかでライブを見ている。でも、今年はなかなか都合がつかず、次のライブは行こう次は行こうと思っているうちに7月も後半。このままでは今年が終わってしまうと思い、どこかで見られないものかと友部さんのホームページのスケジュールを調べたら、8月29日に行われる長野ネオンホールでのライブを見つけた。しかも、タテタカコとの2マン。ネオンホールは自分も歌いに行ったことがあるし、長野は好きなのでまた行きたいと思っていた。友部さんのライブを地方でも見てみたかったという想いもあった。これはもう行くしかないと思い、ライブチケットや高速バスやホテルの予約をそそくさと済ませて当日を待った。
 そして当日。
 約4ヶ月ぶりで今年3回目の長野。実家には1回しか帰っていないというのに長野には3回も来てしまった。何か長野に縁でもあるのだろうか。
 ネオンホールは満員。こちらのミュージシャン仲間とも再会出来てなにより。
 ライブはタテタカコから始まった。
 絶対聴きたいと思っていた「ひまわり」を1曲目に歌ってくれて感動。「宝石」や「人の住む街」までやってくれた。
 そして友部正人。
 80年代後半の曲「大道芸人」で始まり、70年代の曲「反復」を歌った後は、今のところ一番新しいアルバム「歯車とスモークドサーモン」収録の曲と、新曲中心のライブ進行。地方だとなかなかライブを見に行けない地元のファンの為に昔の曲を多目にやるのかなと思っていたがいつもと変わらなかった。初期の名曲である「一本道」を歌えば客は喜ぶというのは分かっているだろうがライブで必ず歌うということはない。昔の曲ばかりで懐かしんでもらうファンサービスを良しとせず、いつでも今の自分を見せるという誠意を選んでいる友部さんは現役なのである。
 長野まで見に来て良かったと思えたライブだった。


 2009年9月

その118「アベフトシ」  
名前:シラフ    日付:2009/09/01(火) 09:57
 先月、ライブのリハーサル後に、元ミッシェルガンエレファントのギタリスト、アベフトシの死去を知った。清志郎の時も驚いたが、アベは清志郎よりも若いし、大病を患っているというはっきりとした情報もなかったので大変驚いた。ミッシェルが終わってからあまり活発な音楽活動をしていなかったので、体の具合が悪いのかなと思ったりもしたがまさか死ぬとまでは思っていなかった。
 ミッシェルの解散理由は色々と言われている。自分は、ミッシェルの楽曲を歌う為に酷使してきたチバの喉が限界に来ていたからだと思っていたが、もしかしたらそれだけではなく、その頃からアベの体調は悪くなっていて、それも解散の理由だったのかもしれない。
 ミッシェルを聴く切っ掛けになったのはアベのギターから。テレビのCMで流れた「ゲット・アップ・ザ・ルーシー」のギターに魅かれ、どうしてもちゃんと聴きたくなりシングルを購入したのだった。チバのボーカルにも魅かれ、そしてファンになり、CDを揃えて聴きまくり、次はライブだと思っていたが、スタンディングの会場にこだわるミッシェルは小さいライブハウスでのライブばかりでなかなかチケットが取れなかった。チケット発売日の朝10時にぴあに電話をかけても全然つながらず、ようやくつながったと思ったらすでにソールドアウト。いったい誰が見ているのかと思うほどだった。
 そして、やっと見られたのが2回目のフジロック。この手の大型野外イベントは嫌いだけど、通常のライブチケットがどうしても取れなかったのでミッシェルだけを目当てに行った。その日のライブの2番手にミッシェルが出て来て、ライブがスタートすると回りの客が一斉に飛び跳ねて地面が大地震のように揺れたのを覚えている。興奮して前方に押し寄せる客の為に何度か中断したりもした30分ほどのライブであったが初めて見たという喜びは大きかった。
 その後もライブを見に行ったが、イベントや、幕張メッセでの大きい会場ばかりで、一度、ライブハウスで見たかったという夢は叶わないままで終わってしまい、アベの死去で再結成もなくなり、これで本当に夢が終わってしまった。
 夢は終わってしまったが、アベのギターは今も自分の耳に残っている。今はそれを大切にしたい。
 さようならアベフトシ。


 2009年8月

その117「さらばDOLL」  
名前:シラフ    日付:2009/08/03(月) 20:00
 パンク、ハードコアの専門紙「DOLL」が7月1日発売の264号で休刊となった。自分が唯一買っていた音楽雑誌だけに非常に残念だ。ネットやフリーペーパーでの情報が充実している現在ではこの手の雑誌が存続するというのは難しいのだろうか。なんとか踏ん張ってほしかったが、読者という無力な人間にはお疲れ様でしたとしか言えない。
 「DOLL」を毎月買うようになったのは確か200号あたりから。それ以前は好きなバンドの記事やインタビューが載っていたらたまに買うという程度だった。
 掲載されているバンドはほとんどがインディーズで、毎月買って読み込んでみるとなかなかに読み応えがあって共感できる記事が多く、かなり勇気をもらった。DIY精神なんていうと今では手垢にまみれた言葉ではあるが、売れる為に自分達の音楽を曲げることを良しとしない人達、自分達のやりたいようにやるためにはどうすればいいかという考えを持った人達の言葉には嘘がなかった。自分のケツは自分で拭く。つまりはそういう当たり前を貫いている人達が「DOLL」には溢れていた。全ての歌謡曲やJ−POPを否定するわけではないし、音楽が好きになる切っ掛けはそういう分かりやすくて食べやすいものから入ったのは事実なのだからそういったものはそういったもので必要だとは思うが、今の自分はもっと作る側のエゴが出ているきついやつが必要になっている。そんな、きつくて、我がままで、あるがままな音楽が「DOLL」には溢れていた。
 その「DOLL」が休刊してしまった。「休刊」という言い方は雑誌業界のお約束みたいなもので事実上は「廃刊」ということになる。休刊した雑誌が復刊したなんていう話は数えるほどしかない。「DOLL」だけがパンク、ハードコアを扱っているわけではないので、今後は別の雑誌を買ったりディスクユニオンあたりのフリーペーパーを毎月手に入れたりするだろうが、この寂しさは拭えない。
 さらば「DOLL」。


 2009年7月号

その116「現役であるということ」  
名前:シラフ    日付:2009/07/07(火) 12:38
 立川志の輔のエッセイ「志の輔旅まくら」を読んでいたら、映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のことについて触れていた。この映画は、ライ・クーダーがキューバの老ミュージシャン達と作ったアルバムがきっかけで出来た映画で日本でもヒットした。自分も、ちょっと見てみようかなと思ってはいたが、結局今日まで見ていない(このエッセイを書いている今も未見のまま)。
 当時、映画がヒットした影響で日本でのライブが組まれ、映画に出ていた老ミュージシャンバンドが来日。ニュース番組で特集され、メンバーが泊っているホテルにアナウンサーがインタビューに行くというのを見たことがある。インタビューされたのは、多分、コンパイ・セグンドだと記憶しているが、もしかしたらイブライム・フェレールだったかもしれない。でも、どちらにせよ還暦をとっくに過ぎたいい爺さんというのに変わりはない。その人が今でも1日2時間練習するというのに感心はしたけれど、自分は、そんなことより、訪れたアナウンサーに、「最近、こんな曲を作ったんだ」と、その場で披露してみせたことに感動した。その曲の出来が良い悪いはともかく、あの歳になっても曲を作る意欲を持っているというのはとても凄いことである。さすが、いい歳をして、「俺の人生のそのものが、恋だった」、「人生は酒とバラと女だ」、「今、6人目の子作りの最中さ」などとのたまう人達である。死ぬまで現役とはこういうことなのか。だからステージに立っていられるのかと思った。
 自分も死ぬまで現役でいたいと思っているけれど、日本人の自分がそれをそっくりそのまま真似るのはちょっと違うと思うので、自分なりの「死ぬまで現役」のやり方を模索していきたい。
 自分はとにかく曲を作り続ける。ソングライターは作れなくなったら終わりだなと思うから。
 そして、未見のままの「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」をそろそろ見ようかなと思っている。


 2009年6月

その115「野外ライブ」  
名前:シラフ    日付:2009/06/05(金) 22:40
 先月、1年ぶりに野外コンサートに参加した。1年前と同じ東京都あきる野市秋川駅前で行われた「あきる野音楽市場」で、地元のミュージシャン達が自主で運営している野外ライブ。そこの飛び入りコーナーで少し歌った。
 住んでいる千葉県船橋市から秋川までは快速を使っても2時間ほどかかるので、軽い遠征ライブみたいな感じで何とも新鮮な気分。千葉から東京に入り、都心を抜けて吉祥寺から先に行くと電車の窓から見える景色がゆっくりと変わってゆく。ビルが減り、緑が増え、家と家の間隔が広くなる。魚の居そうな川と、遠くに山が見えたら気分は3月に行った長野遠征ライブと同じになる。
 秋川駅前は1年前とほとんど変わっていなかった。どこの街にもあるような店がほとんどあるのに、何故か隙間というか余裕があるというか急かされていない感じがする不思議な佇まいで、何だか住みたくなるような街のままだった。
 1年ぶりに会うスタッフの人達に挨拶をして軽いリハーサルの後に本番。野外ライブは雨さえ降らなければ大丈夫だと思っていたけれど、当日はかなりの強風でマイクが風の音を拾ってしまったり、譜面台が倒れたりというアクシデントがあって自分も含めた出演者達は悪戦苦闘。でもまあ、それも野外ライブの醍醐味だと思いたい。飛び入りコーナーでほんの3曲ではあったがなかなかに良い経験だった。
 路上ライブはもうやらないが、野外ライブは楽しいので今後も参加してゆきたい。何だかんだでインターネットは便利なのであちこちの野外ライブ情報をチェックして参加できる所を探すつもり。もしかしたら、地方遠征はライブハウスに出るよりも野外ライブの方が出演しやすいのかもしれない。
 去年はここでの1回しか野外ライブはしなかったが、今年はもう少し動いてみようと思う。


 2009年5月号

その114「歌に会う旅」  
名前:シラフ    日付:2009/05/02(土) 12:45
 3月28日に長野ネオンホールに歌いに行った。ネオンホールに行くのは去年に続いて今回が2回目。東京や千葉で定期的に出演している店のライブをおろそかにしているわけではないが、近場でばかり済ませているとミュージシャンとして濁ってしまいそうになるのが怖い。そういった意味でも遠征ライブは良い刺激になる。普段は使わない電車やバスに乗ってその地に向かうのも良い。そこからライブは始まっているような気がする。
 朝8時に新宿から高速バスに乗り、昼頃にJR長野駅前に着く。遠くに山が見える長野の風景を見ながら「来たなあ」と思う。吐く息がうっすら白くて驚いた。
 長野の風景や道行く人が皆良く見えてしまうのは、自分が良いところばかりをつまみ食いしているよそ者だからであって、実際に住んでみたら色々鬱陶しいしがらみなどもあるはずだ。でも、それでも長野は良く見える。そう思わずにはいられない街だ。
 そして、そんな街には魅力的なミュージシャンがいる。今回は泥舟というソロシンガーに出会った。最初は、「20代前半くらいかな。なかなかに味わい深い歌を歌うなあ」と、思っていたのだが、ライブ後にまだ18歳と知り、「まだ18かよ。なんなんだよ!」と、大変驚いた。20も年下の青年の歌に驚異を感じた。18歳でもう自分の雰囲気を出した歌を歌っている。独特の音楽シーンを持っている長野のレベルの高さを感じずにはいられない。
 これからも色々な町に歌いに行って色々な歌に触れたい。自分は、色々な人と知り合いたいというよりも、色々な歌に触れたいという想いの方が強い。ミュージシャン同士は歌でお互いを判断するのであまり深く話し込む必要はない。
 どこにでも自分の歌を歌う人がいるということを再確認した遠征ライブだった。


 2009年4月


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