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ある日のシラフバックナンバー

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その133「歌の真ん中」  
名前:シラフ    日付:2010/12/05(日) 18:09
 10月 8日 金曜日 晴れ

 東京の吉祥寺にあるライブハウス、スターパインズカフェで友部正人のライブを見る。
 6時20分頃に夜の吉祥寺に到着。吉祥寺は今でも住みたい街だ。
 スターパインズカフェに入る。ぼちぼちと客が入って来てほどなくほぼ満員となったが以前より椅子の間隔に余裕があるので満員でも狭いという感じはない。
 7時35分頃に「いじわるそうな女の子」でライブスタート。
 今日はアルバム「クレーン」の発売記念ライブで、レコーディングに参加した東京ローカル・ホンクがバックを務める。ホンクは4人で1枚の絵のようなまさにバンドらしいバンドで、そのバンドが友部さんと組んだのだからまるでディラン&ザ・バントのよう。友部さんは安心できるからか、テイラーのエレアコを鳴らしながら1曲目からノリノリ。
 「クレーン」収録曲を中心に歌われ、友部さんのテンションもどんどん上がる。思わず、「まだ4曲目ですよ」と言いたくなるくらい元気で、上下に揺れるような歌い方から飛び跳ねるような歌い方に変わって行き、長袖シャツは汗だくになっていった。50歳の頃より、還暦になって白髪も増えた今の方が若々しいように思えるくらい。
 新譜以外の曲では「少年とライオン」が聴けたのが嬉しかった。新横浜のスペースオルタで見た時を思い出す。自分にとっては70年代の曲よりも、友部さんを聴き始めた80年代後半あたりに発表された歌の方が想い入れが強い。
 中盤でホンクのメンバーが引っ込み友部さんのソロとなる。「つばめ」は「クレーン」最後の曲で、アルバム最期の曲は必ず弾き語りで収録するというのがここ最近の定番となっている。その弾き語りの「つばめ」を歌い、続けて70年代の名曲「にんじん」。
 そして再びホンクを招き入れてライブが続く。
 「ぼくは君を探しに来たんだ」はいつ聴いてもグッと来る。
 本編最後の曲は、「クレーン」の1曲目「生きていることを見ているよ」。
 そしてアンコール。
 友部さんが1人で出て来て、自分の詩集から「子供の目、おとなの手」を朗読。そして、ホンクを呼び、友部さんは引っ込み、ホンクがオリジナル「目と手」を演奏。そして、再び友部さんが登場。ホンクのセットをシンプルなセットに組み直し、ホンクのコーラスワークアレンジが素晴らしい「ロックンロール」をノーマイクで歌う。2年くらい前に横浜のサムズアップで友部さんとホンクの2マンライブを見に行った時にも一緒にやっていた曲で、この曲も「クレーン」収録曲だが、「カンテグランデ」に入っていた曲の再録。横浜の時のアレンジが良かったからということで再録になったらしい。
 2度目のアンコールは「廃品回収業者」と「朝は詩人」。
 なかなかに濃い2時間のライブだった。
 自分の歌の真ん中には友部さんの歌があると再確認したライブだった。


 2010年11月

その132「あなたの人生で大切な10曲を選んで下さい」  
名前:シラフ    日付:2010/11/02(火) 15:19
 知人が、NHKの音楽番組で見た、「あなたの人生で大切な10曲を選んで下さい」というのを見て、自分にとっての10曲をブログに上げていたので自分でもやってみた。

・「ぼくは君を探しに来たんだ」友部正人
 この曲でギターを持った。持ってしまった。
・「春夏秋冬」泉谷しげる
 「冬に骨身をさらけ出す」という歌詞が強く印象に残った。
・「終わらない歌」ブルーハーツ
 思春期に聴いたらハマる。今でも頭の中に残っている。 
・「DOUBLE IMAGINATION」安部恭弘
 中学から高校にかけて聴いていたマイナーなシティポップスシンガー。
・「ハッピーサマーウェディング」モーニング娘。
 知人の影響でモー娘。が気になり出した頃にヒットしていた曲。まだ顔の区別が付かなかったのでテレビでこの曲を歌うモー娘。を見ても誰が誰だか分からなかった。
・「I’m in LOVE」吉田拓郎
 拓郎がライブ休止宣言をしたつま恋ライブをラジオで聴いていたら気になった曲。
・「いとしのエリー」サザンオールスターズ
 初めて買ったLPはサザンとオフコース。どちらも今は聴かないが、それでもやはり「いとしのエリー」を始めとしたこの頃のサザンの曲を聴くとグッときてしまう。
・「某月某日」三上寛
 過激で生々しい歌だったデビューから徐々に歌のスタイルが変わって行った後の名曲。「ある日ある時嵐に出会い ある日ある時全てをなくし ある日ある時虹を見た」というフレーズが頭から離れない。 
・「牛」伊藤秀志
 深夜のテレビ番組で偶然知った。
・「好きで生きていたい」シオン
 痛みを歌える数少ないミュージシャン。
 
 10曲では収まり切れなかったので10代から20代前半に知った曲を中心にセレクトし、インストと洋楽は思い切って外した。それでも何か肝心あの曲を入れ忘れているような気がしてならない。
 何はともあれ大切な曲が沢山あるのはいいことだ。


 2010年10月

その131「みさちゃんのこと」  
名前:シラフ    日付:2010/10/03(日) 09:24
 ノイズという音楽はあまり理解できないが、日本ノイズミュージックシーンの重鎮、JOJO広重氏のブログは好きでよく読んでいる。音楽のことはもちろん、アルケミーレーベルの運営者としての意見、日々のあれこれ、昔の友達や彼女についての回想、そして何故か占いなど、多岐にわたって書かれている。
 広重氏の文章は冷静で大人な意見が多く、とても関西人とは思えない。関西人ははっきり物を言うと言われているが、だからと言って正しいことを言っているわけではない。それはただでかい声で言い張っているだけだったり、理解出来ないものを間違っていると決めつけて切り捨てているだけだったり、ただのあげ足取りだったりすることが多い。また、身内贔屓の強い土地柄ということもあり、仲間や地元の出身者には評価が甘く、そうでない人にはとても厳しかったりするので、その意見に冷静な判断や感想があるとは限らない。広重氏の文章は信用できる。だから続けて読んでいられる。
 そんなブログが「みさちゃんのこと」というタイトルで本になった。2008年から2010年前半のブログから抜粋されたものがまとめられていて、基本的には通販のみで本屋の店頭には並ばない。本になるということもブログで知っていたが、自分が強く共感して自身のブログに引用までした2日分のブログは絶対収録されているだろうと思ったが残念ながら二つ共未収録だった。
 悔しいので自分が引用した日の一部をもう一度引用する。

 おもしろい学校なんてどこにもないよ、まめぴよちゃん。
 子育てがたいへんなのはどこだって一緒だよ、柴山くん、コサカイくん。
 体調がわるいとかいうのは、誰のせいでもないよ、各地のブログの人たち。
 ここから先は、自分でやるしかないのだ。
 やらないで後悔するのではなく、出来る限りやって、それでもだめならそれはそれでいいのだよ。

http://noise.livedoor.biz/


 2010年9月

その130「ドッコイ生キテル街ノ中」  
名前:シラフ    日付:2010/09/05(日) 11:31
 8月4日に発売されるイースタンユースのライブドキュメントDVD「ドッコイ生キテル街ノ中」に先駆けてディレクターズカット版が劇場公開された。
 上映される映画館はまたしても渋谷のシアターN。ここはあまり大きな話題にはならないが良い映画を上映する。
 映画は吉野氏の味わい深いMCから始まる。そして、それを真剣に聞く客の表情。イースタンのライブはMCも真剣勝負だ。それから演奏が始まる。吉野氏のギターアンプの上にはいつも花が飾られている。それが何を意味しているのかは分からない。自分がライブを見始めた頃にはなかったように思う。
 吉野氏はヤマハのSGタイプのエレキを掻き鳴らし、顔を歪め、唾を飛ばしながら歌う。
 二宮氏はクールにフレットレスベースを弾く。
 田森氏もクールにドラムを叩く。
 三人共ただただ徹底的に本気。
 映画はライブとライブの前後の様子を繰り返しながら進んで行く。曲はほとんど切らずに流しているのでライブシーンが圧倒的に長く、映画というよりはライブを見ている感覚に近かった。
 アメリカツアー中に機材車がひっくり返ってしまった時の映像はなかなかに貴重。
 それ以外では、調子に乗った客が吉野氏のMCに絡むシーンもあった。吉野氏がその客に「「真剣十代しゃべり場」じゃねぇんだから」と言っていたが、その時のライブは自分も会場にいた。イースタンのライブでは時々こういうことがあって少し殺伐となる時があり、出来ればない方がいいけれど、でも、こういうこともあるというのがライブなのだ。
 舞台裏では色々な苦労があったのだろうが、傍目には順調な音楽活動を続けてきたイースタンユース。だが、吉野氏が去年の9月に心筋梗塞を起こして入院と手術を行い、ライブツアーをキャンセルするという出来事が起った。今は無事に退院してライブ活動を続けているが、だからといってこれでもう一生心筋梗塞にはならないというものではない。医者には歌っても大丈夫と言われたらしいが、イースタンのライブがどれだけハードか知らないからあてには出来ないよう。
 「辞めるというのはない」
 「色んなこと整理されてきた」
 映画が終わり、吉野氏の言葉とアンプの上の花を思い浮かべながら帰った。
 

 2010年8月

その129「気になって探して手に取る」  
名前:シラフ    日付:2010/08/06(金) 21:07
 去年、アメリカのバンド、Built to Spillが好きになり、アルバムを集めている。
 知った切っ掛けはなんだっただろうと思い返せばイースタンユースの吉野寿氏であった。以前、毎週CDを買ってそれを紹介するというコラムを「ぴあ」でやっていて、そこに紹介されていたPinbackのCDを聴いて好きになり、その流れでModest Mouseを聴くようになり、さらにその流れでBuilt to Spillを聴くようになったのだった。音作りには凝っているけど難しくはない楽曲に、どこが寂しげなメロディーラインが気に入っている。
 そんなBuilt to Spillのアルバムを集めている。
 懐に余裕があったら定価で一気に全部揃えたいところだが、そうではないので中古レコード屋やディスクユニオンの中古コーナーを物色してコツコツと集めている。洋楽Bの棚を右から左にゆっくりとチェックして行き、「Built」のスペルに眼が止まり、「to Spill」と続いていれば心の中で「あった!」と呟き、そのCDが持っていないやつだったらほぼ購入決定。元々輸入盤は日本盤に比べて高くないし、大抵のものは千円前後で手に入る。
 こうやって店頭で見つけた時の嬉しさはネット通販で物が来る時のわくわくとはまた違ったものがある。あると思って、あったらいいなと思って探すのだから宝探しをしているのと変わらない。ネット通販は便利だし、どうしても見つからない物や、送料を入れても通販の方が安い場合はそちらで買うが、出来れば店頭で買うようにしたい。そこで手に取るという感覚は大事だと思う。
 また、金を払って手に入れるといのも大事だと思う。何でもかんでもYouTubeやmyspaceで済ませてしまうのはよくない。とは言うものの、Built to SpillのCDを買ってみようと思ったのはYouTubeで「Car」のPVを見て良いと思ったからだった。CDを買わずにYouTubeで済ませてしまう人がいる反面、YouTubeで見てからCDを買いたいと思う人もいる。つくづくYouTubeは21世紀の必要悪だと思う。
 そんな必要悪を利用して、吉野氏のコラムの切り抜きを見ながらあれこれバンド名を打ち込んで検索しては聴いている。今は、dakota suiteというバンドが気になっている。


 2010年7月

その128「Send Me to the ElectricChair」  
名前:シラフ    日付:2010/07/02(金) 21:09
 友部正人が切っ掛けでライブを見るようになり、確か初めてか2回目か3回目あたりの友部さんのライブで、友部さんがダイナ・ワシントンの「Send Me to the ElectricChair」を日本語訳で歌ったのを聴いた。愛した男を殺してしまった女の嘆きの歌だったように記憶している。
 「あの人を殺してしまったの・・・悪魔みたいな女でしょ、でも後悔なんかしてないわ・・・裁判官さんこの私をどうか電気椅子に座らせてくださいな」
 覚えている歌詞はこのくらいだが何だか印象に残ったのでオリジナルが聴きたくなり、東京は神保町の古書センターにある中古レコード屋でダイナ・ワシントンのLPを見つけて購入。だが、レコードが歪んでいた為に針飛びがしてまともに聴くことが出来なくて悔しい思いをした。そこからもう一度LPやCDを探して買う気にはなかなかなれず、まあその内その内という間に月日は経ち、友部さんのリクエストライブなどでも何度かリクエストしてみたが結局あの時のライブ以降聴くことは出来なかった。
 時々そのことを思い出しつつも10年20年と経ち、ふと、YouTubeで検索してみたらあっさり見つかった。20年ぶりの再会はあまりにもあっけなかった。そして、オリジナルを聴きながらうろ覚えの歌詞を当てはめようとしたのだがどうにも合わない。曲調もなんだか違うような気がする。でもこちらがオリジナルなのだからこちらが正しい。どうやらあの時の友部さんのやつは日本語訳を上手くはめる為にかなりアレンジしたのだと思われる。歌詞を日本語に訳して曲を付け直したと言った方がいいかもしれない。作曲者は怒るかもしれないが、それでも気持ちは入っていたと思うからあのカバーは失礼ではないと思う。
 自分もいつか洋楽を日本語に訳してカバーしてみたい。とりあえずトム・ウェイツ「アイスクリームマン」あたりを考えているが英語は今でも苦手なのでいつになるか分からない。


 2010年6月

その127「センスはバンド名から」  
名前:シラフ    日付:2010/06/01(火) 06:59
 壊れかけのテープレコーダーズ
 あらかじめ決められた恋人たちへ
 俺はこんなもんじゃない
 センチメンタル出刃包丁
 水中、それは苦しい
 殿さまキンクス
 池尻貞代と少し痛いけど

 これらは全てバンド、ユニット名である。センスの光るバンド名に出会うとニヤリとしてしまう。ここ数年で一番好きなバンド名は「夜のストレンジャーズ」だけど、夜ストとは違ってカッコ良さよりもユーモアが先に来るバンド名も大好きだったりする。
 「壊れかけのテープレコーダーズ」は、徳永英明のヒット曲「壊れかけのRadio」のパロディ。
 「センチメンタル出刃包丁」は、「センチメンタル」と「出刃庖丁」というどうにも反比例する組み合わせが見事。柔道なら合わせ技で一本。
 「水中、それは苦しい」を知人のミュージシャンに教えたら、「それはもうバンド名というより文章じゃないっすか」と言われた。そういえばそうだ。しかも、そりゃそうだとしか言えない文章。水中は確かに苦しい。名前に句読点を入れるのは「モーニング娘。」より先か後か。
 「殿さまキンクス」は歌謡グループ「殿さまキングス」から濁点を取っただけだが、キンクスファンとしてはツボな名前。昔、ぴあを読んでいて、どこかのライブハウスのカバーライブの日のスケジュールでこの名前を見た時は大笑いした。
 「池尻貞代と少し痛いけど」に池尻貞代というメンバーは初めからいないらしい。
 これからも、センスの良いバンドに出会いたいが、センスの良いバンド名にも出会いたいものだ。


 2010年5月

その126「小三治」  
名前:シラフ    日付:2010/05/06(木) 18:50
 今年は立川流以外の落語家も見たいと思っているのだが、一番見たいのが柳家小三治。
 YouTubeでNHK「プロフェッショナル」の柳家小三治の回がアップされていたのでダウンロードして見た(今は削除されてしまったよう)。
 夏の池袋演芸場の昼の部での連続公演の前後を追いかけて小三治の人となりに触れてゆくという構成。リウマチを患っている小三治は毎日手のひらに一杯の薬を飲んでいる。薬で体の免疫を抑えているので風邪をこじらせただけでも命に係わるとのこと。重い持病を抱えながらも地方公演をこなし寄席に出る日々。ほとんどの高座を黒紋付で務め、落語に使う手ぬぐいも派手な柄が見えないように畳み、徹底的に主張を抑えて噺だけを前に出すというストイックな姿勢。俺が俺がなことはしないのにそれでも印象に残る。残ってしまう。まるでフォークシンガーの高田渡のよう。
 そんな小三治にも迷いが出たりする。客に媚びない芸を貫いてきたが、小三治の高座を見たいが為に夏の炎天下で寄席の前に並ぶ客に対して、
「あんなに、この暑いのに多ぜい来てくださるのはねえ、寄席にねえ、プレッシャーと言えばプレッシャーでしょうね、申し訳ないと思うよね。そんな思いをして来てくれるのかよっていう自分がいる反面、そんなこと俺の知ったこっちゃねぇと、俺は俺でやるしかないのが俺の本来の姿勢じゃねぇかって思うんですけど・・・だから客の為にやってるんじゃないという自分と、こんなにお客さんが来ていただいてこの人達にどう喜んでいただけたらいいんだろうっていう自分とが一致しない。本当はどこかで一致するはずなんですよね。まだ一致しない」
 という想いが出てしまう。
 自分はブレない人も好きだが、68歳(当時)にもなってまだこういう迷いを持ってしまう小三治にとても共感する。
 落語はやっぱり立川流が一番という考えは変わらないが、自分がミュージシャンとして参考にするのは小三治のようなスタイルだと感じた今日この頃。


 2010年4月

その125「有線と思い出」  
名前:シラフ    日付:2010/04/01(木) 19:04
 諸事情で植木屋を辞め、フォークリフトの免許を取ってフォークマンとして働いて約3年、数ヶ所の倉庫を渡り歩いた。最初の倉庫には有線が入っていて朝から晩まで音楽が流れていたのだが、自分の好きなミュージシャンの曲はほとんど掛らず、大抵は大手レコード会社が売り出しているJ−POPシンガーやアイドルの曲ばかりが繰り返し流されていた。1日に1回くらいならいいけど、好きでもない曲が何度も耳に入って来るのは嬉しいことではない。
 それでも、何度も耳に入って来るので好きでもないのに覚えてしまう曲もあった。まあ、悪くはないかもと思えるような曲もあった。歌は覚えたけれど歌っている人の顔が分からないというのもあり、これは多分ジャニーズ事務所のグループだろう、これは多分ハロプロ関係のグループだろうけどモーニング娘。ではない(このエッセイを書く為にうろ覚えの歌詞で検索して調べたら℃−ute「めぐる恋の季節」だった)という風に覚えていた。
 そんな有線で覚えた曲に秦基博「青い蝶」というのがあった。サビの高い声や全体的に切ない楽曲が印象的で、他のJ−POPシンガーとは少し違った雰囲気を感じていた。曲名と顔は後日カラオケボックスのテレビで知ったが、特にCDを買ったりライブを見に行くということにはならず、そのまま時は流れて行った。
 あれから約3年の間、雑誌やネットで秦基博の名前を眼にすると最初の倉庫で右も左も分からず嫌な汗を掻きながらバタバタしていた日々を思い出す。その時の同僚の顔も思い出し、今は何をやっているのだろうと思ったりもする。
 今でも現場が変われば嫌な汗を掻きながらバタバタするのだが、良い意味でも悪い意味でも図太くなったので最初の頃のような緊張感はさすがにない。
 YouTubeで「青い蝶」のPVを見ると3年前の日々を思い出して懐かしくなる。
 この先も秦基博のファンになることはないと思うが、自分はこの歌を一生忘れないだろう。


 2010年3月

その124「レーザーディスク、どうするべきか」  
名前:シラフ    日付:2010/03/02(火) 22:02
 一人暮らしを始める時に実家から持ってきたレーザーディスクのデッキとソフト。DVDが普及してからは実家でもあまり見なくなっていたが、去年の後半、久しぶりにテレビにつなげてみた。
 CDと同じサイズのDVDソフトに慣れてしまうとLPと同じサイズのLDソフトは扱いが面倒。持っているのは映画と音楽で20数枚ほど。竹中直人監督作品の「119」と「東京日和」が懐かしい。「無能の人」も持っていると思っていたが勘違いだった。洋画は、ジェーン・バーキン目当てで買った「エゴン・シーレ」と、ピストルズの映画「グレート・ロックンロール・スウィンドル」。「グレート・・・」は、「ノーファン」を歌い、ジョニー・ロットンがしゃがみ込んで虚しい顔をするシーンがたまらなくいい。シドの「マイウェイ」のシーンももちろんいい。
 音楽はライブがほとんど。早川義夫復活ライブは2枚組。萩原健一ライブはビデオで持っていたけどLDソフトで買い直すくらい好きだった。それ以外の邦楽はアンジーと頭脳警察ぐらいで思ったよりも洋楽が多い。フーは3枚もある。当時はキース・ムーンのドラミング目当てで買っていたと思った。他は、デビット・ボウイ、オアシス、ポーグス、ラモーンズ。カーディガンスが何とも懐かしい。フランスの奇才、セルジュ・ゲンズブールのソフトは、まだLDデッキを持っていない頃にソフトだけ買い、デッキを持っていた友達にビデオへのダビングをしてもらって見ていた。
 そんなデッキとソフト。邪魔といえば邪魔なので、ソフトをHDDレコーダーに落としてDVD−Rに焼いたら両方共処分してしまおうかなと思っていたが、やはりジャケットなどにも思い入れがあるので結局処分出来ず。ソフトをDVDで買い直すという手もあるが、持っているLDソフト全てがDVDにはなっていないし金銭的問題もある。
 結局、テレビとテレビ台に挟まれ、年が明けた今もデッキはそこに鎮座している。
 レーザーディスク、どうするべきか。


 2010年2月


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