[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
ある日のシラフバックナンバー

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | オプション ]
iモード&(絵文字)、au対応!ケータイからも返信できる無料掲示板!



その153「the原爆オナニーズ30周年記念ライブ 後編」  
名前:シラフ    日付:2012/08/02(木) 22:03
 そしてまたフジヤマ店長司会。もう1人のゲスト、元ブランキー・ジェット・シティ、元原爆、現フリクションのドラマー、中村達也を呼び入れようとしたが、呼ぶ前に勝手に出てきてボーカルマイクに頭突きを食らわし、ドラムセットに座った途端派手に叩きまくりと、やる前からテンションが高い。
 そこからこの6人でやるのだが、スタートから起こっていたモッシュやダイブがさらに盛り上がり、原爆の演奏もさらにさらに盛り上がっていった。初めて見た中村達也のドラミングはやはりパワフル。そして、それに負けじと叩きまくるジョニー氏も凄かった。
 1部終了ということでメンバーが引っ込む。時計を見たらまだ1時間しか経っていなかった。5分くらいで戻ると言っていたが、でも多分10分は休むのではないかと思っていた。そしたら、本当に5分くらいで出て来た。
 2部の最初は、タイロウ、エディ、シゲキ、達也の4人。85年(確か)頃のメンバー構成でその当時やっていた曲をその当時のアレンジでやるとのこと。そして始まった演奏を聴く。多少体力は落ちたのだろうが、バンドのテンションは今も昔も変わっていないので、その当時と今の違いはあまり分からなかった。事実、自分がライブを見て来たこの12年で、昔の方が良かったと思うことは一度もなかった。
 数曲やってシノブとジョニー氏を招いてまた6人。
 合計1時間45分くらいの本編を終え、また5分ほどの休憩後にアンコールという名の3部が始まる。ここからは恒例のカバー大会。MC5などのデトロイトロックカバーの後にラモーンズナンバーを畳み掛ける。最後は「トレイン・ケプト・ア・ローリン」で終了。
 SEも流れたし、やれるだけのことは全部やった感じもあったのでもうないだろうと思ったが、アンコールを始める客がいたので、少し期待して待っていたらまた出て来てくれた。やれる曲がないとのことで、もう一度聴きたい曲はないかと客に問い掛け、「ステップ・フォワード」と「香り」が出たが、結局その2曲ともやって2時間15分ほどのライブは終わった。30曲以上はやったと思う。
 ライブ前は、
 「名古屋が世界に誇るパンクロックバンド」
 と、思っていたが、ライブ後は、
 「日本が世界に誇るパンクロックバンド」
 と、考えを改めた。
 40周年ライブも絶対に行こうと思った。


 2012年7月

その152「the原爆オナニーズ30周年記念ライブ 前編」  
名前:シラフ    日付:2012/07/01(日) 07:59
 5月19日 土曜日 渋谷ラママ
 仕事を終え、そのまま渋谷へ。前々から楽しみにしていたthe原爆オナニーズ30周年記念ライブへ。ラママに続く長い登り坂を久々に歩く。
 店に入り物販で原爆タオルを買う。いわゆるロックバンドのタオルではなく、普通の粗品とかで配るような白のタオルの端に、鼻ピンをつけた牛のイラストと共に「昭和57年創業 パンクの伝統を守る THE原爆オナニーズ」と印刷されているだけのもの。このシャレが嬉しいし、300円という安さも手伝ってちょくちょく買ってしまう。
 開演を待ちながら、次々と入ってくる客を見る。パンクのライブにしてはやや年齢層高し。記念ライブということで20年ぶりぐらいに来た人もいただろうし、30年間ずうっと見続けていた人もいただろう。前の方にいる中年太りのハゲた男性が、バンドTシャを着てニコニコしながらスタートを待っている。自分よりも年上で、コンバースのスニーカーを履いてダイブにも参加する常連男性も見かけた。ワンマンライブなんだから当たり前なんだけど、皆原爆が好きなんだなあとつくづく思った。
 7時15分頃にSEが変わってメンバーが登場。相変わらずラフな格好なのだが、ドラムのジョニー氏はいつも被っている中日ドラゴンズの帽子の他に、今日はユニフォームまで着ていた。しかもかなり昔のデザイン。パンクとは関係ないけどグッときた。
 そしてスタート。
 ボーカルのタイロウ氏が「オイ!」と掛け声を出す、それに対して客が「オイ!」と応える。自分は、コール&レスポンスが嫌いなので大抵は参加しないのだが、原爆の時はやってしまう。
 そして30年間ブレのないパンクロックナンバーを畳み掛ける。会場内の気温が一気に上がるのを感じた。30年前からの曲もここ数年の曲もテンションが変わらないのが凄い。エディ氏のゴツゴツしたベースも変わっていないはず。
 今日は記念ライブということで特別プログラム。スタートから数曲やったところで三軒茶屋のレコード屋フジヤマの店長が司会で入り、前のギタリスト、シゲキを呼び入れる。自分が初めて原爆のライブを見た時はまだこの人がいた。脱退の理由がオーストラリア転勤の為というのが社会人バンドらしい。
 そこから数曲。さらに盛り上がる。シゲキの弾いている姿を見たかったけど、今日は柱が邪魔で見られなかった。
 続く。


 2012年6月

その151「イースタンユースはいつも」  
名前:シラフ    日付:2012/06/01(金) 21:10
 4月13日 金曜日 渋谷クラブクアトロ
 仕事を終え、そのまま電車で渋谷にあるクラブクアトロにイースタンユースのライブを見に行く。
 6時40分頃に中に入る。すぐに筋金入りのライブウォッチャー、なんのこっちゃい西山。氏を見かける。
 階段を上がってライブスペースに入るとBGMがスティッフ・リトル・フィンガーズで嬉しくなった。
 7時にライブスタート。
 ゲストの赤い疑惑の後にイースタンユース。
 今日は新作の発売記念ツアーではないのでセットリストは新旧取り混ぜた内容になるはず。1曲目には何が来るかと予想しながら飛び出した1曲目は「DON QUIJOTE」。続けて「スローモーション」。これは久々に聴く。シングルのカップリング曲やら、「そこでその曲が来るか!」というような選曲。持ち曲が多いのでこちらの予想はまったく当たらない。嬉しい裏切り。
 赤い疑惑は、MCで放射能がどうのと言っていたが、イースタンの吉野氏は直接的な言い方はしなかった。去年の今頃のライブでは何も言わず「矯正視力〇.六」を歌った。その時は一番好きな歌が聴けて嬉しいと思っていただけだったが、後になってから歌い出しの、「何回だってやり直す 何回だってやり直す 悲しみなんか川に捨てるんだ」というのがメッセージになっていたのではないかと気が付いた。今回は、「帰る所はあるよ。でも、帰らないつもりで来た。東京に。帰れない人もいる。でもなくなったわけじゃない」というMCの後にインディーズ時代の名曲「故郷」が歌われた。今回、一番盛り上がった所だったと思う。
 「砂塵の彼方へ」で本編終了。
 アンコールは、シングルカップリング曲「振り向くな」の後に「ドッコイ生キテル街ノ中」。
 2度目のアンコールでは「荒野に針路を取れ」。
 イースタンのライブは、「熱い」という意味で言うならいつも同じ。嬉しいマンネリ。


 2012年5月

その150「HARRYだったら」  
名前:シラフ    日付:2012/05/01(火) 08:34
 ミュージシャンとして自分はどうするべきかと悩む時、いつも、「HARRYだったらどうするか?」と、考える。
 元ストリートスライダースで、今はソロで活動しているHARRYこと村越弘明。そんなに熱心なファンだったわけでもないのに、なぜかよく彼だったらどうするだろうかと考えてしまう。そして、いつも、「HARRYはきっとこんなことやらないだろう。いつでも俺は俺で自分のやりたいことだけをやるだろう」という答えにたどり着き、自分の迷いを吹っ切るのだった。
 去年の地震以降、原発反対が叫ばれている。自分も反対ではある。でも、それを窮屈にも感じている。反原発を声高に叫んだり、デモに参加する気にはなれない。被災地へのボランティアにも行っていない。なんだか自分のガラじゃない。そんなこと言っている場合じゃないのかもしれないが、どうしても抵抗を感じてしまう。なので出来ない。たとえ正しくでも、疑問を持ったことに対して足並みは揃えられない。自分がやってもいいと思うのは被災地への募金だけだ。大した金額ではないが、これは多分一生続ける。
 HARRYがこの件に対してどういう態度を取っているかは分からない。ライブのMCで被災地の人達へ何かメッセージを言ったかもしれない。物販で支援グッズの販売をしたのかもしれない。でも、実際にどうしたかということはあまり関係ない。「HARRYだったらどうするか?」というのはHARRYの考えに従うということではなく、正しいか正しくないかとか、周りがどう思うかではなく、自分がどう思うか、自分がどうしたいかという自問自答のことだからだ。その時、たとえ損をすることになってもそれを選べるか。一人ぼっちになってもそれを選べるか。
 自分は、あれこれ悩んでも結局それを選ぶミュージシャンでありたい。


 2012年4月

その149「自転車と口笛」  
名前:シラフ    日付:2012/04/01(日) 16:27
 「自転車に乗る時は口笛を吹くんだよ」
 と、じゃがたらの故江戸アケミはこだま和文に言った。
 じゃがたらのミニアルバム「そらそれ」のライナーノーツで、こだま氏がそう書いていた。
 追悼文にもなっているこのライナーには、江戸アケミが死去する1週間前に2人が会った冬の日のことが書かれている。江戸アケミは、駅で5つ離れた街から自転車でやってきた。こだま氏が「こんなに寒いのに」と言うと、「平気だよ。俺は自転車に乗るのが好きだからさ、今日も歌を歌ってこいできたんだよ。気分がいいよ」と返したとのこと。そして、2人であれこれ過ごし、「今日はいい一日だった」と言い、「カミさんと湯豆腐を食うことになっているから」と言って帰って行った。
 自分は、このライナーが大好きで何度も読み返している。
 そして、冒頭に書いた、「自転車に乗る時は口笛を吹くんだよ」という言葉が頭に残っている。自分もちょっとやってみようかなと思うが、ついつい恥ずかしくて出来ないでいる。いい歳をして笑われないだろうか、変な人に見られないかなどと思ってしまう。「人の眼を気にして生きるなんてくだらないことさ」と、忌野清志郎は歌ったが、なかなか出来ない。
 冬の日の出来事のことなので、春夏秋ではなく、冬にそれをやってみたいと思っているのだけれど、今年も出来ないまま冬が終わろうとしている。


 2012年3月

その148「再結成ジンタ」  
名前:シラフ    日付:2012/03/04(日) 08:04
 2012年1月 7日 高円寺ペンギンハウス
 かつてジンタというバンドがあった。
 ザ・バンドと歌謡曲をルーツに持ち、歌がちゃんと聴こえる良いバンドだった。
 もう何年も前に解散し、時々ジンタの曲を思い出す日々の中で今回の再結成を知る。1月7日、高円寺ペンギンハウス。好きなバンドの再結成ライブを見るのはこれが初めて。もう、去年から今日という日を楽しみにしていた。
 今日は無頼庵の企画ライブだがほとんどの客はジンタ目当てのよう。
 そしてライブスタート。
 1番手、2番手が終わり、3番手の再結成ジンタ。
 この頃にはまずまずだと思っていた客の入りが止まらず、丸テーブルを二つ外してスペースを作らなければならないほどの超満員になった。
 インストで始まり、「墨西哥下り」、「ふじつう」と知った曲が続く。
 ライブが続く中、ボーカル&ギターの竹内さん以外が別人のように見えてしょうがなかった。解散は、ドラムが結婚して奥さんの実家の北海道に行くことになり、このメンバー以外では考えられないからというのが理由だったはず。ならば同じメンバーなのか。あれから長い月日が経っているから(解散から8年くらいかと思ったら12年だった!)風貌が変わってしまったのだなと思っていたら、やはりベースとドラムは別人だった。このバンドはジンタのコピーバンドというコンセプトとのことで、だからバンド表記が「ジンタ」ではなく「再結成ジンタ」なのかと納得。何はともあれジンタの名曲の数々がまたライブで聴けるというのが嬉しい。
 あの曲、この曲と続き、まだまだと思っていたら次で最後と言う。「一番好きな「野猿街道に木の舟は踊った」を歌ってくれ!」と思っていたが、最後はカバーの「ゴンドラの唄」。でも、トリでないのにアンコールが起こりもう一曲。今度こそと思ったが、歌われたのは「ジャングルラブと甲斐性無し」。
 一番聴きたい曲が聴けなかったのはちょいと残念だったが良いライブだった。これを機に定期的にやっていってくれないものかと思ったが、「また12年後にでも」とのこと。12年は長い。せめて年一くらいでお願いしたい。
 

 2012年2月

その147「2011年個人的ベスト10」  
名前:シラフ    日付:2012/02/01(水) 20:06
 毎年1月配布のチラシに書いている購入した新譜CDの個人的ベスト10。

 倉地久美夫「庭にお願い」
 イースタンユース「心ノ底ニ灯火トモセ」
 The Birthday「I’M JUST A DOG」
 カラトユカリ「私のうたうこと」
 山下達郎「レイ・オブ・ホープ」
 Discharming man「フォーク」
 ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ「ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ」
 ルインズ・アローン「ルインズ・アローン」
 トム・ウェイツ「バッド・アズ・ミー」
 福原希己江「おいしいうた」

 購入した順に並べてみたが、音楽性は色々だけどどれもブレない人達ばかり。
 その中でも今年はカラトユカリと福原希己江という女性シンガーに出会えたことは幸運だった。
 その他、ライブCDでは三上寛「閂」。
 落語では立川談笑「福建より愛をこめて」。
 中古ではモリッシー「ベートーベン・ワズ・デフ」。
 今年も良い音楽に出会える。これだけは言い切れる。


 2012年1月

その146「ライブレポート」  
名前:シラフ    日付:2012/01/03(火) 09:30
 2011年11月27日 日曜日
 
 吉祥寺スターパインズカフェで友部正人のライブを見た。
 友部さんのライブは、ファンになってから年3、4回は見ていたのだが、ここ数年はなかなかタイミングが合わず、何とか1回見るのがやっとになっていた。今年は8月に息子さんとの2マンライブを見て、多分それだけになるかなと思っていたので2回見られて何より。
 吉祥寺に来るといつも住みたいと思ってしまう。人気がある街だけどそれに浮かれていない感じがする。そんな印象。
 店に入り開演を待つ。去年ここに見に来た時は椅子の間隔を空けて入りが少なくても寂しい感じにしないような工夫が成されていたが、今回は以前と同じくらいの間隔でほぼ満員。よく見る常連さんもいるが若いファンも増えているよう。時代がまた友部さんに寄り添ってきたのか。良い傾向。
 6時35分頃にライブスタート。
 さりげなく出てきて「老人の時間 若者の時間」でさりげなくスタート。
 2曲目に70年代の曲「ぼくは海になんてなりたくない」という意外な選曲に驚く。
 その後は最近のアルバムの曲、新曲と続いていたが、不意打ちのように「金もないが悩みもない」という、「ぼくは海になんてなりたくない」と同じくアルバム「誰もぼくの絵を描けないだろう」収録曲が歌われる。
 「夕暮れ」を聴くとカレーライスが食べたくなる。普段は辛いカレーが好きだが、この曲を聴いた時はあまり辛くないやさしいカレーライスが食べたくなる。「土手の上には古ぼけた自転車一台 なあに耐えて待つことなんてわけもないこさと」というフレーズが歳を取る度に沁みる。
 14曲ほど歌って休憩。
 休憩後の2部に歌われた「おしゃべりなカラス」はこれまた「誰もぼくの絵を描けないだろう」収録曲。今日はそういう気分なのか。
 2部の後半は新曲を畳み掛ける。その新曲の中でも「弟の墓」という歌が特に良かった。長くやっているバンドやソロシンガーのライブを見る時は、ついつい初期の曲をやってくれないかなどと思ってしまうが、今度友部さんのライブを見る時に一番聴きたい曲はこの曲だ。次のCDには絶対収録してほしい。
 そして、「生きていることを見ているよ」で本編終了。
 アンコールでは水谷昭がゲストで出て来た。自分がファンになった頃によく友部さんと関わっていた人なので個人的に何とも懐かしい。「こわれてしまった一日」、「6月の雨の夜、チルチルミチルは」をやり、2度目のアンコールでは「Bring It On Home To Me」をやって終了。
 帰りはとても裕福な気分になれた。


 2011年12月

その145「All tracks written by Noel Gallagher」  
名前:シラフ    日付:2011/12/02(金) 23:48
 元オアシスのメインソングライター、ノエル・ギャラガーが、ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ名義でアルバム「ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ」を出した。
 8月に輸入盤で先行シングルが出たのでさっそく購入して聴いたのだが、初期オアシスのような派手さはないものの静かに残る曲の印象にやはりノエルは凄いと再確認。これは10月発売のアルバムも楽しみだと思い、待ちに待ったアルバムを手に入れて聴いた。1曲目から名曲が始まる傑作アルバム。やはりノエル・ギャラガー恐るべし。
 自分のブログなどに何度か書いたことだが、後期オアシスの不満はアルバム全曲をノエルが書かなくなったことだった。弟リアムも含む他のメンバーの曲が駄目というわけではないし、ノエルはメンバー全員が書くのが理想と思っているらしいが、それでもやはりノエル1人に全曲書いてほしかった。他のメンバーが書くようになってからはアルバムの統一感のようなものがやや薄らいでしまったような気がする。後期のアルバムは初期のよりリピート回数が少ないのはそれが関係していると思う。
 そんな思いを持ちながら恐る恐るチェックしたこのアルバムのクレジットには見事「All tracks written by Noel Gallagher」と書かれていた。やはりこうでなくては。アルバムには統一感があり、どこを切ってもノエル・ギャラガーな雰囲気が漂う。ノエルのボーカルはリアムに比べるとパンチはないが、今のノエルが作る楽曲には合っていると思う。自分はやはりボーカリストとかギタリストではなくソングライターとしてのセンスの良し悪しに魅かれる。リアムが元オアシスのメンバーとやっているビーティ・アイも気になるがまだCDは買っていない。
 噂では、ノエルはすでにアルバムもう一枚分の楽曲があるとのこと。それのリリースがいつになるのかは分からないし、ただの噂かもしれないが何はともあれノエルの本格始動が嬉しい。


 2011年11月

その144「アップサイド・ダウン:クリエイションレコーズ・ストーリー」  
名前:シラフ    日付:2011/11/06(日) 16:17
 毎度毎度の渋谷シアターNで、「アップサイド・ダウン:クリエイションレコーズ・ストーリー」を見た。
 プライマルスクリームやオアシスを輩出した名門インディーズレーベル、クリエイションレコーズ。その創始者アラン・マッギーのドキュメント映画。
 この手の音楽ドキュメントは、関係者のコメント半分、ライブ映像半分で構成されるものだが、コメントの最初がノエル・ギャラガーだったのでこの映画は良い映画だと確信。
 パンクバンドをやっていたアランはやがてインディーズレーベル、クリエイションレコーズを立ち上げる。アランの嗅覚でこれぞというバンドをスカウトして契約。やがてヒットを出すバンドも出てきてレーベルは大きくなる。
 でも、良いことばかりは続かない。急に売れた若いバンドがプレッシャーでドラッグにはまるというのは海外のバンドではよくある話だが、アランもちょっと手を出してみたE(エクスタシー?)というドラッグにはまってしまう。やがてレーベルのスタッフやミュージシャンを巻き込んでの週末ドラッグパーティーに明け暮れる。それに加えてレコーディング費用と売り上げのバランスが取れずにレーベルは経営破綻。ソニーに権利を売却して難を逃れたところでオアシスを発掘。それがあれよあれよと売れて面目躍如と思ったらそのオアシスが売れすぎて賄いきれなくなる。ソニーによるレーベルの乗っ取りにも合い、アランはやる気をなくし、身を引く形でレーベルは消滅。
 ドラッグにはまらず、製作費のやりくりがもう少し上手くやれれば今でも続いていたのかもしれないと思うと何とも残念。でも、才能のあるバンドをいくつも拾い上げた功績は大きい。
 それにしてもイギリスのインディーズレーベルというのはどうなっているのだろう。日本のメジャーとインディーズの大きな違いは流通の差が大きく、田舎のレコード屋にインディーレーベルのCDはほとんど置いていないというのが日本の現状なのでヒットチャートに食い込むということはまずないのだが、イギリスでは違うのだろうか。
 そこいらの文化の違いがもう一つはっきりしなかったが、なかなかに見ごたえのある映画だった。
 クリエイションレコーズとは、一人のパンク好きの少年が音楽好きの中年になるまでの長いけどあっという間に駆け抜けた人生そのものなのだなと思った。

http://www.theater-n.com/


 2011年10月


ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 >> >| 

無料アクセス解析

アクセス解析の決定版!無料レンタルで最大100ページ解析!

   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb