[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
ある日のシラフバックナンバー

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | オプション ]
iモード&(絵文字)、au対応!ケータイからも返信できる無料掲示板!



その63「2004年個人的アルバム10選」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 21:42
1位 イースタンユース「Don quijote」
 イースタンユースにハズレナシ。「矯正視力〇・六」は名曲。
2位 ZAZENBOYS「ZAZENBOYS」
 元ナンバーガルの向井秀徳が自分のエゴを最大限に生かしたバンドの1st。「繰り返される諸行無常、終わりなき性的衝動」。
3位 マーガレットズロース「ネオンホール」
 今、ノリにノッているフォークロックバンドのライブ盤。未発表曲満載。名曲満載。
4位 ピンバック「サマー・イン・アバドン」
 無駄な音がない。全てが必要な音だけで構成されている。数え切れない足し算と引き算の末に鳴っているよう。
5位 友部正人「何かを思いつくのを待っている」
 淡々と歌い続けるベテランフォークシンガー。何でもない言葉で心に残る歌を歌う。
6位 椿屋四重奏「深紅なる肖像」
 四重奏といいながら3人編成のロックバンド。歌心溢れるボーカルが頭から離れない。「嵐ヶ丘」は涙の名曲。
7位 ROSSO「Dirty Karat」
 元ミッシェルガンエレファントのチバと、元ブランキージェットシティの照井を中心に結成されたバンドの2nd。果てしない底力を感じる。バイクで疾走するイメージ。
8位 ハイヴス「ティラノザウルス・ハイヴス」
 1曲目の1分33秒の名曲「アブラ・カダヴァー」がとにかく最高。この曲だけでも名盤といえる。
9位 三上寛「BACHI」
 53歳にして初めの海外ツアー。しかも、いきなりフランス。これはその置き土産的なフランス盤。でも、いつもの三上寛がそこには詰まっている。考えずに感じる歌。だから海外にも通じるのだろう。
10位 空気公団「空風街LIVE」
 第1期空気公団の解散ライブ盤。曲が良い。キャッチーというよりも、良い印象がいつまでも残る。


 2005年1月

その62「ライブレポート」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 21:42
 キウイロール
 2004年11月7日 下北沢シェルター

 自分より年下のミュージシャンやバントのファンになることがあるのだろうかと思っていた時期があった。でも、ファンになる時は年上も年下も関係がなかった。
 自分が最初にファンになった年下のバンドはキウイロールだった。当時、「ぴあ」のCD紹介のコーナーに彼等の「ベクトル」というミニアルバムが紹介されていて、ジャケットと、曲名と、「北海道のあぶらだこ」というあおり文句につられて購入。そのまま、何の抵抗もなくファンになった。ライブを観に行くようになり、新しい音源が出れば購入した。 
 バンドはどんどんと成長と変化を繰り返し、いつの間にか「北海道のあぶらだこ」とは言われなくなった。激情自爆型だった音も色々な要素が入り、一概にハードコアとは言えない独特のスタイルを形成していった。
 そんなキウイロールが突然の解散表明を出した。バンドの解散は、いつも不意打ちでやってくる。
 その、キウイロールの東京での最後のライブを下北沢シェルターに観に行った。「迷子の晩餐」というキウイロールの企画ライブ。対バンの3組のバンドはどれも良かった。スタイルはそれぞれだったが、自分達が演りたい音楽を演っているという意味では同じだった。
 そして、キウイロール。解散ライブは12月に札幌で行うので、今日は解散ライブではないというのは分かっているけれど、どうしても、「最後なんだなあ」という気になってしまう。
 新曲「yes means no」でスタート。ボーカルのエビナは、マイクスタンドを縮めたり伸ばしたりしながら、マイクスタンドに体を預けるようにして歌う。
 「バカネジ」のドラムが始まると歓声が起こる。この曲は、個人的にも思い入れのある曲なので聴けてなによりだった。
 新旧取り混ぜた選曲の最後は、一番新しい曲であり、キウイロールで作った最後の曲である「white」。これからのキウイロールを予感させる曲だっただけに解散は本当に悔やまれる。
 そして、アンコール。
 2回目のアンコールで演った「Smile for me」を聴いたら、立ちっぱなしで辛かった足と腰の痛みが一瞬引いた。音楽の力というのはこういうことなのかなと思う。
 予定していなかった3回目のアンコールに応えて、キウイロールの東京での最後のライブが終った。
 キウイロールは終ってしまうが、メンバーは音楽を続けるようなのでそれぞれの次のバンドに期待しよう。
 家に帰り、ビールでキウイロールに乾杯した。


 2004年12月

その61「必要な音楽」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 21:40
 10ヶ月だけ路上演奏をしていた時期があった。自分には合わないなと思って止めてしまったが、あれはあれでなかなかおもしろい体験だった。
 路上演奏をしていた時は色々な人に会った。その時に、ライブハウスに出入りしない人達とのギャップに驚いたことがある。ライブハウスに出入りしない人達、音楽はテレビやラジオで聴くだけでCDもほとんど買わないという人達は、「人前でオリジナルの歌を歌っているやつは皆プロになりたがっている」と、思っている人が多かった。生活に必要な金は普通に仕事をして稼ぎ、ライブハウスにいくらかのノルマを払って歌い続け、時々は遠征もする。そして、自分で金を出して定期的に作品を発表する。そういうスタンスのミュージシャンが居るということを理解していない人が多かった。多分、インディーズという言葉も知らないと思う。「路上をやれば少しは集客が増えるかな」と、思いながら30づら下げて歌っていた自分に、「いつまでも甘い夢を見ている愚かなヤツ」という視線を投げかける人が結構居た。「がんばって」と言う人も居たが、その顔には「哀れなヤツ」と書いてあった。全てのミュージシャンがプロを目指しているわけではないと一々説明するのも面倒だったので、その時は適当に笑って誤魔化していたが、可哀想なヤツだと思われるのは気分の良いものではない。
 音楽は、バイトで食つなぎながらプロを目指してある程度頑張ったけど思うように人気が出ず、トントン拍子にデビュー出来ない現実を知った時に、「このままでは普通に就職した同世代のやつらに遅れてしまう」、「同じくらいの収入が得られない」と思ってあわてて就職し、仕事帰りの居酒屋で「昔、音楽やってた」と、言って酒の肴にするものではない。
 音楽は、人生を棒に振ってでも一生続ける価値のあるものだと思う。
 自分にとって音楽は、仕事ではないが趣味でもない。ライフワークだ。イースタンユースの吉野氏はある日のライブのMCで、「(音楽は)必要なんだよ」と、言っていた。
 自分はこれからも自分が必要だと思う音楽をやり続けようと思う。


 2004年11月

その60「オススメ音楽本」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:39
 「ああ詞心、その綴り方」 鈴木博文著
 ソフトバンク 1800円
 
 作詞の仕方を教える本ではない。ムーンライダースのベーシストであり、ソロミュージシャンでもある鈴木博文氏が、他のミュージシャンの歌の詞について感じたことを綴ったものだ。
 同世代のミュージシャンの詞や、10歳以上も年下のミュージシャンの詞に、素直に感動したり、感心したり、脱帽したりしている。
 鈴木氏は、作詞家としての評価は高いが、ヒット曲には恵まれていない。そういった立場にいるとついついひがみがちになるものだが、鈴木氏は違う。もちろん、仕事として書いているのだから評価だけでなく結果も欲しいに決まっている。だけど、言い訳がましいことは書いていない。素直に感じたことを綴っている。「自分は食わず嫌いではない」と、言いつつも、新しい作詞表現にぶつかった時の戸惑いを隠したりはしない。ただ、分析しただけでこの詞の意図は言い当てたとふんぞりかえっている評論家やライターには書けない文章だ。
 この本で知った詞に感動してCDを購入し、歌として聴いてさらに感動する。一曲で二度おいしい気持ちにさせてくれる。


 2004年10月

その59「リヴ・フォーエヴァー」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:39
 映画「リヴ・フォーエヴァー」を観る。これは、90年代半ばにイギリスで起こったブリットポップブームの始まりと終焉を、当時、渦中に居た、オアシス、ブラー、パルプのメンバーや、音楽関係者などのインタビューを元に構成されたドキュメント映画だ。
 事の成り行きを全部理解出来たわけではないが、なかなかに観応えのある映画だった。
 オアシスのギャラガー兄弟のコメントは好き嫌いをはっきり言っていて気持ちがいいが、ブラーのデーモンはやや曖昧。ここいら辺が、労働者階級のギャラガー兄弟と、中産階級のデーモンとの違いだろうか。
 ブリットポップブームというのは当時のイギリスでは大きな社会現象だったらしく、労働党のトニー・ブレアはこのブームを利用し、バンドに取り入ってバンドのファンである若者の支持を仰ぎ、11年続いたサッチャー政権を引き摺り下ろして首相になる。ギャラガー兄弟の兄、ノエルはこれに少し乗せられてしまったようだ。弟、リアムは「政治家なんて知ったこっちゃねぇ」といった感じ。そんなところにオアシスらしさを感じる。ケンカばかりしていて、解散説はいつもあり、その所為でライブに支障をきたしたりもするが、何だかんだでバランスは取れているようだ。 
 ブリットポップブームは終わったが、オアシスは続いている。アルバムの売り上げは落ちたらしいが(それでも数百万枚売れているのだが)、メンバーチェンジを繰り返しながら定期的に良質なアルバムを出している。次のブームを嗅ぎつけたミーハーが離れただけでオアシスがダメになったわけではない。
 作品中、所々に出で来るワンダーウォールという、オアシスのトリビュートバンド(というよりモノマネバンド)のメンバーのコメントには愛を感じた。


 2004年9月

その58「森田童子と「僕」」後編  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:37
 森田童子といえば黒のサングラスで素顔を隠していたというのが有名だが、スタッフや、出演していたライブハウスの関係者なら見たことがあるかもしれないと思い、昔、森田童子も出ていたライブハウスのオーナーに、「森田童子の素顔を見たことがありますか?」と、質問をしたのだが、そのオーナーは他人の話を聞かないで自分の話ばかりしたがる人なので、はっきりとは答えてくれなかった。
 森田童子でもうひとつ。昔、出ていた東京は東高円寺のライブハウスkaztouで、ある日の対バンに、森田童子が所属していた事務所の社長が連れてきた娘が居た。対バンだったのでリハーサルから見ていたが、「社長にそそのかされて何となくやってます」と、いった感じで、何だかやる気のようなものが感じられず、「声、出な〜い」とか、泣き言を言っていた。歌った曲は全て森田童子のカバーだった。ドラマ「高校教師」の挿入歌としてリバイバルヒットした後のことだったので、それに便乗して売り出そうとしたのだろうか。でも、それからその娘の名前を見たことはない。
 何はともあれ、自分は、「高校教師」なんかでリバイバルヒットする前から森田童子を聴いていたということは声を大にして言っておきたい。


 2004年8月

その57「森田童子と「僕」」前編  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:36
 ふと、森田童子の「風さわぐ原地の中に」をカバーしようかなと思い、「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」のLPをダビングしたカセットを聴き返して歌詞を起こしたが、ライブ録音のせいか歌詞が不明瞭なところがあり、しかたがないのでしまってあるLPを引っ張り出して歌詞カードを見た。「今のうちだよ」と聴き取っていた所は、「あばよチマよ」だった。「チマ」というのは人の名前なのだろうか。それとも「街」の隠語なのだろうか。
 森田童子は、「僕」という男の主人公の視点で歌を歌うという不思議なスタンスをとっていた。何故、自分を主人公にしなかったのだろうと思ったが、もし、自分を主人公にしていたらあまりにも生々しくて聴けなかったかもしれない。男が自分のことを歌う時は、ついつい出てくる情けなさや惨めさが生々しさを緩和してくれるので聴いていられるが、女性が自分を主人公にして私生活を歌うと、「こんなに不幸な私を分かって」みたいになりがちで、聴くのがつらかったりする。「お前が不幸なのは俺の所為じゃないよ」と、ついつい言いたくなってしまう。だからCoccoとかは聴いていられない。森田童子がそれを意識して、「僕」という主人公を使っていたのかどうかは分からない。

 2004年7月

その56「ライブレポート」後編  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:35
 20年以上演っている代表曲「発狂目覚ましくるくる爆弾」なども飛び出し、最後は外道の「香り」で終える。
 原爆を観ているといつもニヤリとしてしまう。パンクロックは人を幸せに導く音楽であると確信する。
 これだけてほぼ満腹状態になったが、ライブはまだ続く。
 セッティングの合間のDJでは増子氏が最高におもしろかった。チバ氏の穴埋めということもあり、何回も出たのだが、ただ曲を流すのではなく、一緒に歌ったり、所々で音を絞って何か言って笑わせたりと、なかなかに芸達者なDJぶりに感激。ドリフ、ゆらゆら帝国、アナーキー、ボウイ、吉幾三、シブがき隊、イモ欽トリオ、近藤真彦、クリスタルキングというむちゃくちゃな選曲にも感激。80年代アイドル歌謡って良い曲が多いと再確認した。
 3番手がM.J.Q。
 遠藤ミチロウと、元ミッシェルガンエレファントのクハラカズユキ(Dr)によるユニット。選曲は、ミチロウ氏のソロの曲を演っていたのだが、1曲分からない曲があった。曲は「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」なのだが、詞が違っていた。歌詞を変えただけなのか、それとも昔の曲か。最後は「NO FUN」で決める 。
 ミチロウ氏は石塚敏明や中村達也など、切れのある良いドラマーと組むことが多い。
 6番手でトリがラフィンノーズ。
 去年初めて観て、今日で2回目。まともな音源を持っていないのでほとんど知らない曲ばかりだが、ノリの良い曲ばかりなので抵抗なく楽しめた。DJブースで観ていた増子氏が、客の誰よりもノリノリではしゃいでいた。
 最後は他の出演者入り乱れての「GET THE GLORY」で大円団。
 ライブが終わったのが5時過ぎ。外に出るとすっかり明るくなり、青い空が広がっていた。


 2004年6月

その55「ライブレポート」前編  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:35
 SHINJUKU LOFT 5TH ANNIVERSARY
 2004年4月24日 新宿ロフト
 新宿ロフトが今の場所に移転して5周年のオールナイト記念ライブ「SHINJUKU LOFT 5TH ANNIVERSARY」を観に行く。
 色々と出るけれど、目当ては、the原爆オナニーズ、M.J.Q、ラフィンノーズ、そして、DJで出演する怒髪天の増子直純と、元ミッシェルガンエレファントのチバユウスケ。
 夜の11時45分に開場だが、リハーサルが押した関係で開場が遅れ、結局12時過ぎに入場。地下に向かう階段の途中に、チバユウスケが体調不良の為に出演しないとの張り紙があり、少し出鼻をくじかれる。
 中に入ると、ステージのスクリーンに、昔のアメリカの映画だかドラマだかが映されていて、そのステージ横のDJブースでレコードが回されている。
 12時30分頃にライブスタート。
 1番手はthe原爆オナニーズ。
 名古屋が誇る正統派パンクバンド。
 原爆は、元ハイスタンダートの横山健が入って5人編成になった。でも、横山は都合のつく時だけライブに参加するということになっている。スクリーンが上がって現れた原爆は5人だったが、参加しているのは横山ではなく別のギタリストだった。今日は特別とのこと。
 そんな原爆のライブはラモーンズ「Do You Remember Rock’n'Roll Radio」でスタート。
 ドラムのジョニー氏は相変わらず中日ドラゴンズの帽子を被っている。
 今日は、ANNIVERSARYライブなので、昔の曲ばかり演るのかなと思ったが、去年発表した新作からの曲を立て続けに演ったりと、ノスタルジックなものにはしなった。
 バンドは20年以上続いているが、自分がライブを観るようになったのはまだ4、5年。しかも今日でやっと3回目。でも多分、初期の頃と変わらないテンションなのではないかと思わせる熱いライブ展開。


 2004年5月

その54「職人気質のKヤイリ」  
名前:シラフ    日付:2008/04/12(土) 19:34
 NHKの「にんげんドキュメント(弦よ響け〜手作りギター工房の挑戦〜)」で、ギターメーカーのKヤイリが取り上げられていた。社長矢入一男氏のギターに対するこだわりは尊敬に値する。
 番組の内容は、Kヤイリの歴史と、ギターに対する考え方、そして、バンド、BEGINの発案で出来た4弦ギター(正確にはギターではなく新しい楽器とのこと)「一期一会」の制作と発売についてだった。
 Kヤイリのギター制作現場は、工場というよりは工房といった感じで、殆どが手作りで作られている。木は生きていて、それぞれが違うから扱い方もそれに合わせて変えている。工場のラインに乗せたどれも同じの作り方ではダメなのだろう。数はこなせないが良い物を残す。客を待たせても良い物を。まさに職人気質。
 そして、BEGINの発案で出来た「一期一会」。オープンチューニングにより指一本で演奏が出来るというシンプルな楽器ではあるが、全て手作りの為に値段が10万円になってしまった。そして、もっと安い値段で手に入るようにと、色々と工夫をしてコストを下げた普及品の開発をする。コストを下げる為にある程度の妥協をしようとしたり、仕事の一部を地元の木工業者に依頼しようとするが、結局、職人気質が邪魔をしてなかなか妥協出来ない。そんな所に強く魅かれる。
 この番組を見ていたらKヤイリのギターが欲しくなった。ギブソンとかマーチンには何の興味もないが、Kヤイリのギターはいつか手に入れたい。


 2004年4月


ページ: |< << 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 >> 

無料アクセス解析

アクセス解析の決定版!無料レンタルで最大100ページ解析!

   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb