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740.なんか楽しそうなおっさん 返信  引用 
名前:石本一憲    日付:2013/10/24(木) 00:03
気持ちの準備もなければ、予感もない。
想像もしてなければ、考えもしない。
そういった人が亡くなるってことは、誠に辛く、本当に寂しいです。

父より西林先生の訃報を聞いてから、先生の笑顔と声が頭から消えないです。
微笑をたたえつつ発する、ちょっと枯れた感じのあの声。

惰弱にも私は早々に剣道からは逃亡してしまいましたので
先生とは竹刀を合わすことも、ご指導頂いたこともありませんでした。
だから、思い出すのはちょっとしたことばかりです。

私が道場に行った際、先生に挨拶すれば
「おぉー」と笑顔。

祇園村での絵画展の際、一緒に絵を飾りましたね。
絵のバランスが悪くて、「右もうちょっと上、いや、下。そうそう。よし!できたできた!」

我が宅での芋掘りの際は、子供剣士と楽しそうに動き回っていらっしゃいましたね。
「ほら、そこにあるじゃろ。そこそこ、もっとちゃんと掘れや。わはははは」

子供を指導された後は、笑いながらこぼされていましたね。
「中々言うことを聞かんわ。分かっているのか、分かってないのか。わはははは」

たまに土曜の稽古でお見かけし
「先生元気ですね。よーやってですわ」と私が問えば。
「この後のビール!その為のやっとるのよ。わはははは」とお決まりの一言。

我が宅に旅行先のおみやげを持ってきて下さった時も
「おーい、先生おってかーー」と元気な声。

先生はいつも微笑をたたえて話されていましたね。
本当にいつも楽しそうでした。

だから、私が知っている西林先生は
「いつもなんか楽しそうなおっさん」でした。
そして今も「いつもなんか楽しそうなおっさん」は
私の心の中で「おぉー!わははは」って笑ってます。

先生、これまで本当にありがとうございました。お疲れ様でした。
これからは、その「なんか楽しそう」な笑顔で武剣会を見守っててください。
宜しくお願いします。

739.西林先生 ありがとうございました。 返信  引用 
名前:S三姉妹 三女    日付:2013/10/23(水) 22:30
西林先生には小学生のときから剣道を教えていただきました。大きな声で「なにやっとんじゃー!」と怒られたり、稽古ではボコボコにされていました。先生は本当にパワフルで稽古はきつかったですが、楽しくてよく並びに行っていました。稽古中は厳しかったですが、終わったあとに笑顔で話しかけてくださる先生が大好きでした。

たくさんのことを教えてくださった西林先生、本当にありがとうございました。

736.西林先生を偲んで 返信  引用 
名前:吉川隆三    日付:2013/10/23(水) 11:58
西林先生
 私が祇園武剣会に来たのは、10周年記念の少し後でした。
剣道に熱心な先生ばかりの飲み会で、「ゴルフせんのんか?」と話しかけてもらい、前育成会会長の谷川さんと、西林先生とその友人西川さんとの4人で、毎年2回位廻りましたね。それがいつのまにか武剣会コンペへと発展して今も続いてますね。
当時はまだお互い若く、私が「ちょっと行こうやあ」と声をかけると、いつも断らずいろいろな所で飲み会をしましたね。
 思えば、口の悪い私が先生に失礼な事を言っても、怒ることなくいつもニコニコしておられました。
いつか機会があれば謝らなくてはと思っていました。
 何日か前に、たまたま荒木アトリエの前を車で通りかかると灯りがついていたので寄ってみました。荒木、石本、佐瀬、青原 諸先生方が集まっておられ、そこで西林先生の入院の話を聞き、容体があまり良くない事を知りました。しばらくはお見舞いに伺うのはご迷惑かなと気にして悩んでいましたが、13日の夕方どうしても気になって行ってみました。
苦しそうにされている先生に、思わず「先生、吉川ですよ、来たよ。」と声をかけると、酸素マスクをつけハアハアと苦しそうな中で、「ウウ」と返事をして頂いた様な気がしました。先生の手を握ると、「まだまだ大丈夫じゃ」と言われている様に温もりは熱い位でした。私はたまらず涙がこぼれ、おいおいと泣いてしまいました。
そして次の日、先生が亡くなったという知らせが入ったのです。
 お通夜の時、奥さんから私の見舞いが最後だったとお聞きし、伺うのが遅くなった事を申し訳なく思いながらも、先生に最後にお会い出来てよかったとつくづく思いました。自己満足かもしれませんが、何かの力が働いて先生に会わせてもらえたと感謝しています。
 先生、年下なのにいつもため口で話をし、知ったげな事ばかり言ってすみませんでした。
先生の「うだら節」がもう聞けないと思うと胸が詰まります。今度武剣会の飲み会があれば、この世に下りてきて、剣道馬鹿じじいトリオとして参加して下さい。楽しくやりましょう。

 西林先生、本当にお世話になり有り難うございました。
 心よりご冥福をお祈り申し上げます。



738.Re: 西林先生を偲んで
名前:番外爺    日付:2013/10/23(水) 16:49
吉川先生らしい まっすぐなコメントに 熱いものがこみあげてきました。近頃 仕事と腰痛のせいか、まじめにメンをつけなくなったきた吉川先生。やっぱり 吉川先生がおらにゃいけん。小林先生と頑張って、武剣会の若手を引っ張ってって欲しい。

吉川先生が勝手につけた 「あだ名」
何年前かなあ・・・・吉川先生が 荒木・ハワードザダック  石本・アルマゲドン(ハルマゲドン)  西林・ヨーダ爺  長谷川・バーコード等々傑作あだ名を「書込知愛」で披露。おおいに盛り上がりました ところが 西林先生は スターウオーズにでてくる「ヨーダ爺」をご存知なく せっかくの傑作あだ名は 空回り! それからは スターウオーズの話題を耳にすると 私はいつも 西林先生を連想するようになりました。

737.西林先生ありがとうございました。 返信  引用 
名前:おしず    日付:2013/10/23(水) 15:58
我が家は子ども達はもちろん、私も西林先生にはご指導を受けました。
いつもニコニコ体育館へ入って来られ、すぐに胴とタレを着け、先にきていた子ども達のところへ…^ - ^

お願いします‼︎と挨拶に行くと『はい、はいよろしくね^ ^』と笑顔で答えてくれます。大人から剣道を始めた私にも子ども達と同じように声をかけて頂き指導してもらいました。たった一度だけでしたが面打ちと地稽古の相手をしてもらいました。私の父ほどの年齢とは思えない、動きと力強い打ちに改めて尊敬したことを覚えています。

平日の朝はよくウォーキングをされていたようで7時に洗濯ものを干していると『おはよう』と我が家の裏の小道を闊歩する西林先生。

いつも笑顔で体を動かす事が大好きというイメージの西林先生が体調を崩されたとかで稽古に来られなくなり、数ヶ月…

西林先生、本当にありがとうございました。
ご冥福を心よりお祈りいたします。

735.西林先生ありがとうございました 返信  引用 
名前:HAYASE418    日付:2013/10/22(火) 22:49
西林先生、今までありがとうございました。

14日。僕は部活が終わって帰っていると、山陽武道具に父(復活した剣士)と弟、そしてお泊りに来ていたT志が車に乗ってきてました。
僕はその時に、西林先生の事を知りました。
その前の日に父が参加していた指導者会議で、西林先生の体調が良くないという話がでた事は教えてもらいましたが、まさか翌日に訃報を聞くとは思っていなかったです。

西林先生は、とにかく元気というイメージがあり、先生への稽古の時にはいつも面をつけて稽古をつけてくださいました。西林先生が教えてくださったこと絶対に忘れません。

僕はその次の稽古の時に、みんなに言いました。
「西林先生、絶対見てるから。」「絶対ここにおってだから」
「気ィゆるめずに稽古せにゃダメで」

734.西林先生との思い出 返信  引用 
名前:S三姉妹 次女    日付:2013/10/21(月) 22:27

まだ私もかわいい小学生の時。笑
西林先生に地稽古に行ったら必ずボコボコ。そして、中学生になってもボコボコ。一体おいくつなのかわからないくらいに動かれる先生に遊ばれてばかりでした。
そして、剣士の時も指導者になった今でも迷った時は西林先生の言葉を思い出すと自分の迷っていたことが小さく思えることが多くありその度に原点に向き合いながら剣道をすることができているも思っています。
西林先生のことを思い出すと笑みがこぼれます。そして、先生の話を我が家でするとみんな笑顔になります。こんなことを言っていると西林先生に怒られるこもしれませんが。笑
今回とても急なことで、正直この仕事をしていながら自分の大切な人の力になれなかったことがとても悔いが残ります。でも、私の勝手な想像ですがそのことを考えたり悲しんだりすることをあまり西林先生は望んではいないように思います。それよりも今の祇園武剣会をこれから先も途絶えることなく活性化できるように貢献していきたいです!!
これからも西林先生節を引き継ぎながら稽古や指導、そして時々お酒を楽しみながら剣道を続けていこうかと思ってます。そして、祇園武剣会の先生方の健康に関しても厳しくみていきますのでよろしくお願いします!笑

733.西林先生へ 返信  引用 
名前:S三姉妹 長女    日付:2013/10/21(月) 21:56
私にとっての西林先生は武剣会で
大好きな先生のお一人でした。
小学生からお世話になっている武剣会で
今は、指導をさせて頂くにあたり、
いつも熱心な西林先生は
子供たちに手とり足とり
左手の拳は中心!!左腰!!!と、
昔、私が言われていた事と同じ事を
十年以上経つ今もご指導されており、
本当に凄いと思いました。
子供たちが西林先生に何か言われていると
私も子供たちと一緒になって
勉強させて頂いていました。

若い指導者に気遣い、任せたと言って
見守って下さった先生。
今でも、あの豪快な笑い声は耳に残って
いて、安心感を覚えます。
今、私にできる事は西林先生から
任された低学年を中心とした子供たち
と一緒に成長し、
武剣会に顔を出し続ける事だと思います。
本当にありがとうございました。

732.西林先生 返信  引用 
名前:mamimami    日付:2013/10/20(日) 18:29
西林先生がお亡くなりになったことはフェイスブックで知りました。
すぐに広島の母親に連絡しましたが家の電話も携帯もつながらず、折り返しかかってきた電話の声も普通で、私が亡くなられたことを話すと「聞いてない!」と驚いていました。
近所に住む母親にも体調を悪くされていることが知らされていませんでした。

西林先生といえば稽古終わりのにこにこしている顔が浮かびます。

兄も書いていましたが、うちの父親とわいわいやってくれていることと思います。
今までありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。

731.西林先生の訃報に接して 返信  引用 
名前:OB吉村正造    日付:2013/10/20(日) 13:42
私が西林先生の訃報を知ったのは、10月17日(木)夜、博多で剣道の稽古に自転車で向かう途中でした。携帯が鳴って電話に出ると荒木先生が実は西林先生がお亡くなりになって・・・と聞き、ただ驚いて返す言葉も見つからず荒木先生の言葉を聞いていました。稽古が終わって色々思い出しながらお世話になった先生ともう一度稽古したかったと、悔やまれてなりません。私は武剣会発足当時のOBで小学校5年生から中学校、高校、大学まで武剣会で稽古させて頂きました。地元(祇園)にいましたので、西林先生にはとてもお世話になりました。就職で広島を離れて東京におりましたが現在博多に単身赴任で早いもので27年が過ぎてしまいその間なかなか先生にお会いすることも出来ず本当に申し訳なく思っております。私が稽古させて頂いた当時は先生も若く激しい中に凛としていてとてもきれいな剣道をされていた印象があります。でも私が西林先生と言われて一番に感じるのは、稽古が終わった後は、とても穏やかでやさしい人柄で周りを和やかな雰囲気にしてもらえるすばらしい先生だったと今でも思います。西林先生には武剣会30年の中で長きに渡り私を含め多くの子供たちにご指導頂き心より感謝しております。剣道を通じ人に立ち向かう強い心とやさしさを教えてくださったのではないかと思います。私は西林先生が亡くなって武剣会はとても大切な方をなくしましたが、先生の剣道とその人柄に触れた多くの後輩や先生方に西林先生の多くのものが受け継がれているものと信じます。私が今でも剣道を続けていられるのも西林先生をはじめ荒木先生、石本先生から剣道を習いはじめ多くの先生方・後輩たちと稽古し武剣会で剣道が好きになることが出来たからだと思います。西林先生は亡くなるまで剣道を続け武剣会で子供たちと稽古されたすばらしい先生です。現在武剣会でご指導頂いておられる先生方や後輩の皆さんは本当にご苦労されていることと思いますが、どうか西林先生のように武剣会を愛し、いい稽古会を続けて頂けたらと思います。
最後になりますが、ご家族の皆様には、心からお悔やみと感謝を申し上げるとともにご冥福をお祈りさせて頂きます。
書き込み遅くなり申し訳ございません。
思いつくまま書き込みした点もご容赦ください。
http://www1.ezbbs.net/04/bukenkai/

730.西林先生について想うこと 返信  引用 
名前:育成会OB tokacckachan    日付:2013/10/19(土) 22:55
思えば先生とのお付き合いは27年になりますね。息子が小学校に入学を機会に武剣会にお世話になった時からです。そのうち故谷川会長の補佐を承り徐々に剣道にのめりこみましたね。武剣会でゴルフを始めようと気運が盛り上がり第1回目を1897年新広島CCで開催しましたね。それ以来中心メンバーとして年2回きっちり52回を皆勤賞でしたね。実力は十分で上位は常連なのになぜか優勝には恵まれずついに念願の優勝は6年前の太田川でしたね。あの日の嬉しそうな表情はまぶたに焼き付いて離れません。またこのお年で豪快なドライバーショット!置いて行かれくやしがるメンバーを尻目にさっそうとフェアウエーを歩いて行かれましたね。その先生がこの8月14日の52回開催前に電話したら体調イマイチとの事。「どしたんですか」と聞いたら「熱中症から逆流性食道炎で飯が食えん」でもいつも健康志向でウォーキングや剣道でタバコも止め体力維持して居られる先生の事、まぁ行くよとおっしゃって頂いたのですっかり安心しておりました。しかし当日車で迎えに来ていただいた時、本当に驚きました。日頃細見の体がさらに細くなり確か10K近く体重が落ちたとの話でしたね。下を向くとふらふらするとおっしゃるので無理だと判断したら中止して下さいと申し上げました。結局ハーフで棄権されましたね。こんなことは52回で初めてのことでした。その後気になりつつも人に聞いた、この病気について電話しようと思いつつも遂にそのままになってしまいました。しかしあの時点ではすでに病魔が確実に進行していたのでしょうね。あれからちょうど2か月。あまりにも早すぎる最後に残念至極です。お会いした時のいつもやさしい微笑み。お願いすれば絶対に断れない性格。いつも人には気を使い相手には気を使わせない性格。素晴らしい人間性に上げれば枚挙にいとまがありません。自分のパソコンのデスクトップに過去数年間の写真がスライドショーで出てきます。ちょっと目を向けると先生の写真がいつも目に入りその時の場面場面を鮮明に思い出します。当分自分の中で消えることはないでしょう。mamimami兄ちゃんではないですが天国で谷川さんと大いに酒を酌み交わし語り明かして下さいね。長年にわたりありがとうございました。西林先生、南無阿弥陀仏!

728.西林先生ありがとうございました 返信  引用 
名前:mamimami兄    日付:2013/10/19(土) 10:52
西林先生の訃報の第一報は、10月14日に母親からのメールで『西林先生がお亡くなりになり、今晩お通夜に行ってきました』という内容でした。
西林先生が、体調を崩されていた事すら一切情報が入ってなく、信じられない気持ちでいっぱいでしたが、母親と会話をしようやく、本当にお亡くなりになられたんだと実感しました。
昨年12月にありました兼松真吾君の結婚式に、呼んでいただいた際にお会いしたのが、最後となってしまいました。
九州から広島駅に到着し、乗換えの電車のホームに行くと、どこかで見たようなおじいちゃん3人が、同じく電車を待ってました。
そのおじいちゃん3人が、荒木先生・石本先生・西林先生でした。
4人で到着駅に着き改札口手前で、突然西林先生からの衝撃的な一言『財布が無い!』
この言葉を受けて、現役当時より約20sほど大きくなった私は、乗って
いた電車までダッシュで行き、隅から隅まで財布を探したのを、昨日のように思い出されます。

人って本当に後悔の連続ですね。正月・GW・お盆と長期休暇があったにも関わらず、なぜ広島に帰郷しなかったのか!お盆の際には、武剣会のゴルフにも参加すれば、西林先生とお会い出来たのに・・・と。

西林先生とお会いすると、今から約30年前の話しをよくしていました。当時、広島県内無敵だった山本剣道クラブの赤木先輩と和彦先輩の試合で和彦先輩が勝った時の試合です。
私自身、小学生の頃の2つ上の先輩(杉山先輩・渡辺先輩・森埜先輩・浜田先輩・西林先輩)は本当にスターであり、憧れの存在でした。
その和彦先輩が赤木先輩に勝った試合の話しをすると、西林先生のツボなのか、うれしそうに話しをされるのが、非常に印象的でした。

亡くなった私の父、私・妹と県外に出てしまい広島に残っている母、そして私たち兄妹の事をいつも心配をしていただき、ありがとうございました。
今頃、私の父と天国でお酒に浸って語りつくしている姿を想像しております。
これからも、父の事を宜しくお願い致します。

西林先生、いままで大変お世話になりありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。



729.Re: 西林先生ありがとうございました
名前:番外爺    日付:2013/10/19(土) 14:22
mamimami兄さんが語る 「西林先生のツボ」・・・・・・奇しくも同じ思いを 告別式当日 弔電で披露させていただきました。
(弔電文引用)
和彦君が、県下少年剣道大会で 当時最強の剣士だった 山剣・赤木君と
決勝戦であたったことがありました。延長に次ぐ延長の死闘のうえ ついに和彦君が勝利をものにしましが その模様をまるで昨日のように話す先生はとても誇らしげで嬉しそうでした。私達はいつもその話を初めて聞くように何度も何度もうなずいたものでした。

727.西林先生へ 返信  引用 
名前:復活した剣士    日付:2013/10/18(金) 09:48
 西林先生、、、先生の訃報には驚きました。本当ですか?春の懇親会の「としのや」で、私と(い)川パパに、こんな話しをしてくださいましたね「この間、同窓会があって、最後かもしれんの〜って馬鹿話しながら、集まったばかりなんよ。」て、本当にそうなってしまったんですね。あの時は(い)川パパが、高校の後輩と分かり、話しが盛り上がりましたね。しかし、私は「あれ?」て思ったことがありました。懇親会が始まり一時間ぐらい経った頃、お手洗いに立たれ、しばらくすると、にがり顔で戻って来られ「先生、先に帰るけ〜」と、皆にあいさつをせずに、静かに帰って行かれましたよね、あの時、すでに病魔と戦っていらしたんですね。私と西林先生は、低学年を一緒に指導しましたよね。私が水曜日には遅れて行くと、「前川先生、今、コイツらに足さばきを注意力しちょったけんね」「はやと!たくみ!なしてできんのや!☆*※-…#.&@~」と山口弁と広島弁が混ざった指導をされているのを、昨日のように思い出しますよ。あ〜もっと、先生と話しとけば良かった。おお先生が、ふたりになっちゃいましたよ(涙)思い出話になりましたが。。。西林先生、ありがとうございました。武剣会を見守ってください。安らかにお眠りください。

726.西林先生へ 返信  引用 
名前:のむ母    日付:2013/10/18(金) 08:53
 子供達三人が、小さい頃より大変お世話になりました。小学校の体育館で、体当たりで正面からぶつかってくるように、何度も何度も面打ちの稽古をして下さっていた姿を思い出します。
 子供達が武剣会を卒業してからも、お会いした時はいつも「○○は元気にしとるかいの」と笑顔で声をかけて下さいました。西林先生の温かいお人柄に触れると心が和みました。
 武剣会で子供がお世話になるようになって16年になります。その間、西林先生にはいつも優しい心配りをして頂きました。長い間、本当にありがとうございました。

725.西林先生ありがとうございました 返信  引用 
名前:ペペロンチーノ    日付:2013/10/18(金) 01:14
西林先生といって思うのは、一本筋の通ったこだわりと確固たる信念を持っている先生
だけどどこか飄々としていて、その実、周りに気遣いをいつもしておられるんだなーということです。

息子の和彦君とは同級生で、西林親子との初めての出会いは鮮烈でした。
経大下にあった道場の片隅で、和彦くんとえらい熱血漢のあるお父さんが稽古終わりに、大声身振り手振りで熱心に息子に指導している姿は今もはっきり覚えています。
和彦君はむっちゃ強かったのですが、それ以上に衝撃を覚えたのは和彦君がつけていた金銅で、
あの当時金銅なんて付けてる剣士は見たことなかったし、西林親子がとんでもないところから来た剣道の鬼の親子かと思ったのを覚えています。

ゴルフも3〜4回は一緒に廻ったでしょうか、一回はメンバーが足りなくて急遽前日夜8時に西林先生にお願いして、吉田と西林先生と3人で廻ったこともありましたね。
あれは5年くらい前ですかね、西林先生は若いふとポッちょ吉田のティーショットを軽々キャリーで超えておられました。

後、私のお店にも家族のお誕生日の度に来られていましたね。
好き勝手しているようで、ちゃんと家族も大切にしておられるのだなーと感じていました。
つい先日も、ワイン片手に「おい、なべーっ」といろんな話をしましたね。
ただ、西林先生のお話は少し長いのがたまにきずです。
僕は一人でしてるので、西林先生と話こんでしまうと、他のテーブルの料理が出せなくなるんですよ。

思い出せばほんときりがないです、思い出はむっちゃあります。
ただいかんせんこればっかりは順番だから仕方ないのかもしれませんが、やはり、寂しい気持ちでいっぱいです。

西林先生いろんなことを教えて頂きありがとうございました。
心からご冥福をお祈りいたします。

724.西林先生へ 返信  引用 
名前:流浪の勤皇志士    日付:2013/10/17(木) 21:03
西林先生、ありがとうございました。そして、永い間お疲れ様でした。
少年剣士だった頃から習い、大人になってからも新米指導者の私を、いつも導いてくださいました。
子供たちの指導を試行錯誤しながら行っていると、西林先生はいつも背後から静かに「これは何を目的に、何の効果をねらってるんだ」と話しかけてくださいます。
私なりの意見を述べると「こういう要素を取り入れたほうがもっと効果的では?」と諭してくださいます。
弟子だった私の、時には生意気な意見にも、いつも耳を傾けてくださるのです。
そして、会長、副会長らと共に、未熟な私のやり方を最大限尊重してくださるのです。
多分、「そうじゃないじゃろ」「こういうふうにやらんにゃいけんじゃろ」と、本当は言いたかったこともたくさんあったのではないですか?
いつも“私の声”を聞いてくださることが、とても嬉しかったです。
いくら「ありがとございます」を言っても言い足りません。
お歳をめしてからも(と言っては失礼ですが)面を付けて子供たちと剣を交え続けられた背中を、これからもお手本にします。
本当にありがとうございました。
安らかにお眠りください。心よりご冥福をお祈りいたします。

723.西林先生ありがとうございました 返信  引用 
名前:ツインズの父母    日付:2013/10/17(木) 21:00
入院していらしゃる事も知らなったので訃報の連絡をいただいたときには、ただただ驚きで信じられませんでした。
我が家の前が西林先生のウオーキングコースで健康のためにも歩くのよとよくお話をしたのがつい昨日のように思い出されます。
通夜に参列してもありがとうと感謝の言葉しかみつからないほどお世話になりました。
子供たちもとてもショックをうけていました。
特に直哉は出航中で最期にお会い出来ない事をとても残念がっています。
荒木先生の書き込みにあったように稽古終了後にお茶を持って行ってもわしゃ帰ってビール飲むからとよく断られていたのを思い出しました。いつも穏やかでにこにこしながら話されるお顔しか浮かびません。
72歳は若すぎましたが西林先生安らかにお眠りください。
心からご冥福をお祈りいたします。

722.西林先生ありがとうございました 返信  引用 
名前:まえ母    日付:2013/10/17(木) 20:38
「最近、西林先生来てんないね。熱中症かもって言いよっちゃたけど、まだしんどいんかね。」と、お母さん仲間の間で話をしたのはつい先週のことでした。どうやら入院されていて容体がよくないらしいと耳にし、驚いた日の翌日の訃報でした。あまりにも突然でまだ信じられない気持ちです。
西林先生はいつもとびきりの大きな声で熱心にご指導をしてくださっていました。広島弁なのも手伝って迫力がありました。そんな西林先生がある日稽古中に一人の子供の手を引いて私のところに来られたことがありました。なにごとかと思えば、「ちょっと絆創膏をはっちゃってえや、赤チンはないかいのお。」と言われました。見ればその子の手には小さな小さな切り傷がありました。厳しい指導をされていながらもこんな小さな傷にも気を配ってくださるのかと驚いたことが今でも心にうかびます。稽古が終わればいつも笑顔でした。あの笑顔がもう見れないのは本当にさみしいです。でも、きっとどこかからあの笑顔でみんなの稽古を見守っていてくださると信じて、子供たちは一生懸命に稽古に励んでもらいたいと思います。
西林先生、子供たちが大変お世話になりました。西林先生とご縁があって出会えたことを心から感謝いたします。ありがとうございました。

721.西林先生の最期に 多くの方々のご会葬を賜り ありがとうございました 返信  引用 
名前:番外爺    日付:2013/10/16(水) 16:48
随分お世話になった西林先生、「ありがとうございました」
安らかにお眠りください。心からご冥福をお祈りいたします。
○西林先生(享年72歳)徳山(周南市)にご実家で 徳高同窓生とのゴルフを楽しみによく行き来されてました。
○西林先生と武剣会の出会いは 令息和彦君(当時小3)の入部がきっかけ。大学(日大)の先輩・藤原先生(己斐剣心会師範)のすすめもあって 武剣会で指導していただくことになりました。そして37年がたちました。(ちなみに当時25歳伊勢先生も武剣会発足時、同先生のすすめで武剣会にお迎えしました)
○西林先生にはお子さんが2人いらっしゃいます。2人とも当時剣道をならっていて とても筋が良く 将来楽しみだねといってた矢先 弟・和彦くんは中学からはサッカーに、姉・由樹ちゃんは高校まで続けたものの、残念ながらその後竹刀を持つていません。
○西林先生は 毎年2回開催される「武剣会ゴルフ親睦会」の中心的役割を担ってこられました。26年続いてるこの親睦会に 育成会OB・剣士OB親子参加組も増えてきてるところです。新しい方の参加も歓迎!
○あっという間に 逝ってしまった 西林先生
8月はじめ 山登りで 「熱中症になったかな?」  でも武剣会ゴルフ
(8月13日)に参加。一寸フラフラするけえ稽古はもう一寸体調が戻ってから・・・と言ってた9月初旬 検査入院した市民病院で がん宣告。
「わしはもう長くない」と語る先生に私達はどう答えたらよいか 言葉がありませんでした。10月初め 記念病院に転院されてからは 点滴薬のせいか 意識の混濁されてることが続きました、お亡くなりになる数日前から お見舞にいってもただただ眠っておられることがほとんどでした。痛み止めの薬のおかげか 苦しんでる先生をみることがなかったことは 私達にとって不幸中の幸いでした。
○西林先生の剣道 剣士たちへの口癖
打たれたら応じて打ち返せ  打たれて ただよけてる剣道をするな
1本うって決まらなかったら 技が決まるまで 打ち続けろ。最後は自分がとれ。
自分が前に出る時 剣先をはやくからあげるな ぎりぎりまで手元をあげるな
汗をかかにゃあ 強くはならん!


「わしゃあ あんまり剣道は好きじゃないが 汗をかいた後のビールがうまいけえのお〜」武剣会の誰よりも1番よく稽古したサムライが1人で逝ってしまいました・・・・・・・
さびしいよ・・・・・ かなしいよ〜・・・・・
 高天原で皆を代表してお骨を拾わせていただいた 石本爺・ 荒木爺
  


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