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11991.ブリキの太鼓 返信  引用 
名前:編集長M.N    日付:2006年12月15日(金) 11時04分
Size: 128 x 181, 14KB

今まで評判ばかりで、未見だったこの作品を、昨晩やっと観ることが
できました。(1979年 西独・仏)

本当にスゴイ映画でした!これは、映画史に残すべき傑作のひとつです。
☆☆☆☆☆



11992.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月15日(金) 17時48分
↑ん、今さらキミが残さなくっても、とっくに残ってるって?
(へい、然りごもっともで)
えー、普通、こーいう風に評価の高い作品は、必ず「ナナメに観る」
傾向がある私メにして、これだけ感激したということでござい。M.N


11998.Re: ブリキの太鼓
名前:編妻    日付:2006年12月16日(土) 18時30分
ほんとうに素晴らしい映画でしたね。
映像も凄いし、ファンタジーの形を借りているけれど
20年代から40年代にかけてのポーランドにおけるファシズムの台頭と
市民生活にいかにそれが浸透していったかがよく表現されています。
主人公の少年の不気味さも秀逸です。


12000.Re: ブリキの太鼓
名前:ゆきこ    日付:2006年12月17日(日) 15時58分
いい映画ですよね、まったく。監督はフォルカー・シューレンドルフという人ではなかったかしら。ヴィム・ヴェンダースなども同じ世代かな。ニュー・ジャーマン・シネマといわれた流れだったと記憶。そのころの西ドイツ映画には戦争の陰画のようなテーマが多くて、当時、映画館でみた私はびっくりでした。この作品の原作者ギュンター・グラスはノーベル賞を受賞したんじゃなかったかな。最近になって、若いころナチだったことがわかりましたね。複雑な背景をもった作品ね。


12002.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月18日(月) 10時38分
ここ最近「ドイツも被害者だった」という論争が独-ポーランドとの間に
起こっています。戦局の趨勢により加害者と被害者の立場はめまぐるしく
入れ替わり、その中で多くの殺戮や略奪が事実として発生しました。

「戦争の狂気」とひと言で片付けるには、人はあまりに残忍で、あまりに
愚かであるとしか言いようがありません。でも、だからこそいとおしい。

ギュンターのそれは、そんな人間の両面性を顕した「勇気ある告白」と
僕は捉えています。

実は、先日亡くなったオヤジ(小学校教員だった)が、戦後になって
「公職追放」で一年間の停職をくらったことが残された書類から判りました。
理由はというと、S20年日本の敗戦後、8月20日頃から9月5日(降伏調印)
までのわずかな期間、徴兵で採られて新兵だったオヤジが、何故か
「憲兵」の肩書きを持っていたからとのことでした。

どう考えても、戦争が実質的に終わった後、軍組織の崩壊の中で残務処理や
責任回避で押し付けられた(あるいは迂闊にも引き受けた)としか思えない
その肩書きなのに、オヤジは生涯、僕たちには黙して語りませんでした。M.N


12006.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月18日(月) 17時45分
ギュンターとはまるで比較にならない、市井の一教員に過ぎなかった
オヤジですら、そんな過去があり、それを子供たちに必死に隠していた。

だからこそ、自分から著作の中で告白したギュンターは辛かっただろうし、
隠してきたオヤジだって、同じほど辛かったんだと実感しています。M.N


12007.Re: ブリキの太鼓
名前:万猫    日付:2006年12月18日(月) 20時59分
講談教室に、特攻隊の生き残りのおじいさんがいるんですが…。
復員して、航空会社のおえらいさんになって定年。
上官の命令は正しかったとか、お国のために死んだ仲間は無駄死にじゃなかったと、特攻賛美の新作講談をやり続けてます。
都合の悪いことは、記憶の外にしちゃってるみたいで。
近いうちに、人生をリタイヤしちゃうご当人はともかく、それに涙を流しちゃう“戦争を知らない世代”がコワイ。

金曜日に一緒に飲んだ、いぜんの職場のバイトの女性の夫は、ナガサキで被爆して、でも差別されることが怖くて、被爆者手帳も受けず、被爆がもととも思われる病気で、50代で亡くなってます。
その女性が、夫は怖くてむごい体験をしたからこそ、妻にも子どもにもそのことを語れないで逝った。
今、戦争が美化して語られてることが、とても怖い…とおっしゃってました。
妻にも語れなかった経験をようやく語るようになった男性のドキュメンタリー「蟻の兵隊」という映画↓
http://www.arinoheitai.com/
が、私の今年見た映画のNo.1だと思います。

http://blog.kansai.com/denmomo


12008.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月19日(火) 11時05分
多分これは推測ですが、「本当に怖かった/辛かった」ことというのは、
そんなにぺらぺらとヒトには話せないんじゃないかと思うのです。

だからといって、その「特攻講談」の方が「それ程でもなかった」という
ことではなく、時間の経過とともにその事実を美化/正当化することも、
人間の「生きる力」の強さであり、弱さなのではないかと思うのです。
ん、そーいえば僕も…(?)M.N


12010.Re: ブリキの太鼓
名前:ゆきこ    日付:2006年12月19日(火) 12時06分
あ、編集長さまがお書きになってしまいました!!万猫にゃんさまのカキコをよみながら私も昨夜、同じ事を考えておりました。そうでもいわなきゃあ、死んでしまったやつらがうかばれめえ、っていう気持ちもあるだろうし、おれの青春どこへいったんじゃあ、かえしてくれえ、っていうよりは、おれたちだってこんなふうにあの時代を必死に生きたんだあ、ってな思いはおありなのかもしれませんよ。どっちにしてもほんとは悲しかったり悔しかったり、そこは言えないのかも・・・でもこういうのって歳とったなあというべきか・・・。ビミョー


12011.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月19日(火) 19時27分
人間年をとってくると、「昔はオレだってなあ」と言いたがるモンで
ございます。ま、こんなことも多いのでカンベンしたって下さい↓。M.N

「昔はオレもワルでなあ」…校舎の裏でタバコを吸っていて見つかった。
「大恋愛のひとつやふたつ」…片想いの彼が引越し。一瞬家出しようと
思ったが、途中で冷静に考えてやめた。


12013.Re: ブリキの太鼓
名前:万猫    日付:2006年12月19日(火) 20時31分
う〜ん、でもね、実際に被爆した人とか、戦争の傷が元で亡くなった人とか、強制連行されてきた人の二世とか三世とかが、知人にいると、戦争の美談をふりまくのは、家族とか身内だけにしといてよ。
大衆に豪語するのも、やめてよ〜…って、いやぁな気分になるんですよね。

むしろ、怖いのは、語る当人より、それをヨイショしちゃう大衆とか政治のメカニズムだと思う。

「人は人を裁くとき、自分たちが帰属する共同体の規範と法という正義を基準に、その罪の重さを決めて、刑を執行する。でも人を殺すのは悪意だけじゃない。むしろ、善意や正義の方が、後ろめたさを伴わない分大量に人を殺す。虐殺や戦争はそんなメカニズムで発動する」(森達也『東京番外地』2006新潮社)

http://blog.kansai.com/denmomo


12014.Re: ブリキの太鼓
名前:ゆきこ    日付:2006年12月19日(火) 23時07分
なるほどね。森達也さんの引用部分、接続詞「でも」は「だから」に変えたほうが意味がはっきりするかも。社会的な正義と善意が、個人的正義と善意とぴったんこになったら怖いよ〜。講談のほうは聞いてから判断しなくちゃわからないか。


12015.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月20日(水) 09時10分
けだし至言ですね。えー、我が家のネコたちですら、二匹の時には
仲良くしていたのに、一匹加わったら「社会」が構築され、一匹を
迫害するようになりました。ヒトを含めた動物のサガですね。M.N


12018.Re: ブリキの太鼓
名前:編集長M.N    日付:2006年12月20日(水) 17時35分
「畜生なほもて意地悪す いはんや人間をや」というわけですね。M.N

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