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獺祭掲示板
山口県の地酒「獺祭」とは何の関係もありません。ただの古代史好きの個人サイトの掲示板です。

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656.古事記 日本書紀の「大内義弘」による改纂疑惑。 返信  引用 
名前:chikara    日付:2019/01/22(火) 03:02
@毛利候が寛政時代前後で江戸城で浜田藩主の松平候(当時老中職)対し、自分の研究を披露している。「天の岩屋」は「志都の岩屋・島根県邑南町」とした。松平候は石見・浜田へ帰ったおり、志都の岩屋への道を整備させた。
A「隅」の文字である。この「隅」の字がやたらとでてくる。「知恵蔵」でしらべると、宋の時代につくられ、元の時代にも使われた。意味的なものは、城壁、城郭の「ひとつの区画」を表す意味。どうも、中国からは室町時代はじめに「隅」の字がわたってきた。
Aをふまえて@から山口の大内氏の館跡から日記のような陳述古文書を発見していた者と想像する。おそらく記紀の作者達は「九州」のことなど知らなくて「義弘」の創作とおもわれる。黒岩氏の研究の日本書紀の卜部書を筆頭に全書がおかしい。先祖が朝鮮(大陸)から来ただけに、終始大内家が有利になるよう改纂している。720年までの書き込みは歴史を屈折させている。
記紀の再検討をお願いしたい。

655.(untitled) 返信  引用 
名前:レン    日付:2018/07/29(日) 12:44
よろしくお願いします

654.海原を「あまはら」とされていますが、この点で質問です 返信  引用 
名前:成田亨    日付:2017/09/22(金) 19:35

 こちらのサイトの『古事記』の読み下しを読ませていただいています。
 ありがとうございます。
 さて、こちらのサイト様では海原を「あまはら」とされています。
 私も、海原は「あまはら」とすることに賛成なのですが、他の参考書は「うなばら」とか「わたのはら」とかする読ませ方もあります。
『旧約聖書』「創世記」第二日目に水を大空で分けて、上方の水の層と下方の水の層に分けているので、高天原が上方の水の層の「たかあまはら」であり、海原は下方の水の層なので「あまはら」にしないと「創世記」の解釈に不都合が生じるなあと思っていました。

「創世記」は大空を天と呼ぶので、高天原の下位構造が天の場所だということになります。
 「創世記」で天と呼んでいる部分が「天津美空豊秋津根別」だと思って解釈を進めているのですが、私の解釈の急所が、海原を「あまはら」と読んでいいのか、という点に置かれています。
 学説的にどういう主張があるのか、御教示していただけると感謝にたえません。

 『古事記』の神代の段は、神が神に伝える部分なので、イメージするのが難しい。
 「創世記」は、伊邪那岐命が人に説明している部分なので具体的にイメージしやすい
 こういう考え方の急所が、海原を「あまはら」することだと思っています。

 2017年9月22日 成田亨 拝
http://tukinohikari.jp/index.html

653.『よみがえる古代』について 返信  引用 
名前:寺坂国之    日付:2015/01/06(火) 16:34
謹啓 
厳寒の候を迎えていますが、古代史獺祭さまにおかれましては、益々ご清栄のことと、お慶び申し上げます。
貴HPは調べ物をするとき、あるいは本の執筆時に、いつも重宝に利用させていただいています。本当にありがとうございます。
さてこの度、『よみがえる古代』を上梓することができましたので、ご報告申し上げます。
本書は中国古代の短里(約77メートル)と長里(約430メートル)の問題をメインテーマとして、「邪馬台国問題」の解明を目指しているものです。
中国における古代史書の多くに、二つの里単位が混在している事実は、一般にも、あるいは古代史のマニアなどにも余り知られていないようです。しかしこれが「邪馬台国問題」を、混乱させた元凶の一つとなっていることは、その研究史が雄弁に物語っているようです。
一般に長里の方はポピュラーなのですが、短里の存在は「魏志倭人伝」などにおいて歴然としているにもかかわらず、全くのマイナーなので、その根本の物差しが何であるかさえも、確かな説はただの一つもありません。というよりはむしろ、短里自体の存在を危ぶむ論者が多数を占めているのが、これまでの古代史界の実態のようです。そうした中で精魂を傾けた結果、遂に短里の原点となる「貍(り)歩(ほ)」の解明にこぎ着けることができました。
さらに今回、「魏志倭人伝」において「投馬国が不弥国および女王国と国境を接していた」という新発見があります。これは前著・『氷解する古代』で解明した「よみがえったもう一人の卑弥呼」と同様に古代史の盲点となっていて、未だかつてこの事実に気づいた歴史家はただの一人も存在していないのです。
私のような経歴の者が、「新発見」とか「解明」などとはおこがましいですが、古代の真実を一人でも多くの方にお伝えしたいという一心が書かせたものです。
是非、本書をご一読いただき、ご批判、ご教示を賜りたいと存じます。どうかよろしくお願い申し上げます。
謹白
                          寺 坂 国 之

652.聖徳太子傳叢書 返信  引用 
名前:しおじい    日付:2015/01/05(月) 23:53
先日、大日本仏教全書(112)を購入し、早速読み始めました。漢文で意味の理解出来ぬ所があり、飛ばして読んでいましたが、貴兄のサイトに偶然に闖入でき、お陰様で問題が解決出来ました。ありがとうございます。
法隆寺のガイドをしていますので、聖徳太子の伝説や逸話の原典に触れる事が出来て喜んでいます。
今後も、お世話になる事と思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。

651.古代史と漢字 返信  引用 
名前:海戸 夕真(うみど ゆま)    日付:2014/03/29(土) 12:02
獺の字を冠されたお名前、素敵です。古代、恐らく獺は沢山生息していたことと、溜息のでる思いです。ここは四国の松山ですが、四国の南部は最後の生息地、と言われています。少し年配のお友達から面白い話を聞きました。その方がご主人の転勤で宇和島に住まれていた時、ある日買い物に行くとき、丁度川の傍の道だったそうですが、彼女の前を猫が行くのだけど、何とその猫はしょっちゅう彼女の方を振り返って、笑うんだそうです。お店に着いて、「可笑しなことに、猫が私の方を見て、笑いながら行ったんよ、可笑しな猫やねえ。」と言いましたら、お店の人が笑いながら、「奥さんそれは獺よ!川からあがってきとったんやわ」と言われてびっくりされたそうです。勿論もう4,50年も前の話ですが。愛媛県の南部や、高知県では、獺を探索する会もあるそうですが、現状では見かけられないそうです。お名前に私の好きな獺の字を付けられていたので、余談ですが、お話させて頂きました。今日獺祭さまのブログを初めて拝見したのは、邪馬台国比定関係で、魏略の文章を確認したかったのです。プリンターでコピーさせて頂いたのは、魏略 逸文7です。「其俗不知正歳四節但計春耕秋収為年記」の箇所です。中公文庫の「日本の歴史−ー井上光貞先生著」を読んでいて、この文章のことを教えて頂きました。ここのところは、邪馬台国の場所比定のキーポイントの一つになるかも分かりません。

650.天寿国繡帳銘文に関して 返信  引用 
名前:刺繡職人    日付:2013/10/19(土) 10:23
はじめまして、誤字があるようなので、お伝えします。
--------------------------------------------------
史料列島編
10.  天寿國繍帳 銘文
(誤)等已乃弥弥乃弥己→(正)等已刀弥弥乃弥己
(豐聰耳皇子=聖徳太子)の名前の部分の万葉仮名表記
後に続くくだりで、
(誤)天皇前曰敬之雖恐→(正)天皇前曰啓之雖恐
--------------------------------------------------
ご検討願います。

649.魏志倭人伝の翻訳について 返信  引用 
名前:常識人    日付:2013/06/24(月) 15:54
 資料を調査するときは、利用させていただき、その整理などの正確には驚き、感銘を受けております。
 少し気になったのは、『魏志倭人伝」の翻訳でして、実は、最近、新訳本『蘇る三国志魏志倭人伝 新邪馬台国論争への道』という知られていない本を読みました。過去の翻訳の疑問点が良く理解できた、まことに論理的な翻訳で驚きました。
 通説の翻訳を載せるのもよいですが、新訳なども自ら検討しないと、
 間違った古代史のHPになると、少し心配です。

647.「旧唐書東夷伝 倭国日本」の表題について 追記 返信  引用 
名前:神谷政行    日付:2013/06/08(土) 11:00
国会図書館で影印を確認しました。
(四部叢刊、史部 旧唐書200巻)
僕の間違いでした。
表題は
「旧唐書巻一百九十九上
   列伝第一百四十九
   東夷
    高麗 百済 新羅 倭国 日本」でした。(旧字は略)
内容は、各五国を順番に国名を示さず5回改行だけで区分した表現でした。
原文確認は大切だとつくづく思い知りました。
自分のHPをこれから修正します。
ありがとうございました。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kamiya1/mypage-g2.htm



648.Re: 「旧唐書東夷伝 倭国日本」の表題について 追記
名前:とおりすがり    日付:2013/06/09(日) 09:08
『唐會要』では

巻99倭国
巻100日本国

となっており、間に36もの夷蛮の国が挟まっています。
両国の扱いは明らかに別国です。

ご参考。

646.「旧唐書東夷伝 倭国日本」の表題について 返信  引用 
名前:神谷政行    日付:2013/06/02(日) 14:29
お久しぶりです。よく参照させていただいております。
「倭」から「日本」への考えをまとめる過程で旧唐書の表題に疑問を持ち貴HPに立ち寄りました。解説書の多くが、旧唐書には「倭国伝」と「日本伝」の二つがあるように書かれ、僕もそうと思い込んでいました。しかし、実際は貴HPにあるように「倭国日本」と一つです。その中で日本の記述は「日本国者倭国之別種也〜」からが改行されているだけです。僕にとって大きな発見でした。原文影印で確認すればいいのですが、表題まで整ったものが手元にありません。
「東夷伝」の中の「倭国 日本」ですか、それとも「倭国日本」ですか。いつもあら探しのようになり申し訳ありません。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kamiya1/mypage-g2.htm

642.大変、素敵な深い内容ですね。 返信  引用 
名前:松浦    日付:2012/09/03(月) 03:49
はじめまして。
私のような素人が申すのもおかしいのですが、
大変深い内容で、偶然たどり着いたのがとても幸せです。

漢文の読み下しの件、大変興味深く読みました。また、
博多ではないか、との発音の話も興味深いところです。
とことん進めば、
中国語の発音のことも視野に含めるべきなのかと、つくづく思いました。現代中国語でも方言がやたらにあるわけで、
また、かつては、身分(役人、支配階級や、一般人)でもいろいろあったかと思います。また、移住者集団や現地人集団、また、転勤中の王朝の役人集団、と現地の人で、だいぶ違うと思います。
実は、最近、
『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠 』をネットで見つけました。藤井様という方の本ですが、アマゾンに出ていましたから、ここで記述しても問題ないと思います。
ちなみに、小生は、私生活でバタバタしていますから、買って読んだわけではありませんけれども、
獺祭さまの、「『博多』の発音を漢字であてたのでは」との記述に関して、ある意味、同じ関心をもたれた方の研究成果のようにも見える著作、情報提供申し上げるところです。すでに見ておられましたらご容赦ください。
自分では何も研究も調査もなくて、仕方がないのですけれど。



643.Re: 大変、素敵な深い内容ですね。
名前:管理人    日付:2012/10/20(土) 17:49
松浦さま

こんにちは。ずいぶん放置してしまい申し訳ありません。
あらためまして、ようこそおいでくださいました。

中国語の発音の件。

三国志の時代の漢字(中国語)の発音は専門学者のなかでも、まだ定説が無いようです。日本の学者は中国の研究に期待し、中国は日本の研究に期待している・・・といった双方にらみ合いみたいになってるようで、魏志倭人伝に出てくる固有名詞の発音は現段階では不明らしいです。

『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠 』の情報提供ありがとうございます。機会があれば読んでみたいです。

それでは今後とも弊サイトをお楽しみいただければありがたいです。

またよろしくお願いしますね。


645.Re: 大変、素敵な深い内容ですね。
名前:藤井游惟    日付:2012/10/31(水) 06:55
初めまして。
「白村江敗戦と上代特殊仮名遣い」の著者、藤井游惟と申します。
拙著を話題に取り上げて頂き、有り難うございます。

拙著出版はもう5年前になりますが、拙著は付録CDの発音実験ビデオをパソコンにコピーし、それを見ながら読まなければ本当のところは理解出来ない、という読むのに手間暇がかかる本であるため、その手間暇を惜しんで本文だけをナナメ読みし、トンチンカンな批判をする読者が多くて困っております。

そこで、この度そのCDのビデオをYOUTUBEで見られるHPを作成しました。↓
拙著をお買い求め頂いて読むよりも、このHPをご覧頂いた方が御理解が早いと思います。(しかもタダで見られます)

拙著は端的に言うと
@倭王朝加羅渡来王朝説(第一章・歴史学的考察)
A『記紀万葉』百済帰化人記述説(第二〜八章・言語学的考察)
の二本立てということになります。

より重要なのはAの方で、『記紀万葉』を書いたのが百済人(朝鮮語話者)だったことの最も解りやすい証拠は、第八章の万葉集の発音実験です。
このことは、デモビデオ↓
http://www.youtube.com/watch?v=xPvxfGA_ews&feature=plcp
もしくは第八章
http://music.geocities.jp/konatarosu/Hakusonkou/8shou.html
をご覧下さい。

但し、最重要なのは第八章ではなく、現代日本人(特に関西方言話者)が奈良時代と全く同じ法則に基づいて、2種類の/O/母音を発音し分けている、ということを発音実験で証明している第六章です。
http://music.geocities.jp/konatarosu/Hakusonkou/6shou.html

ここで行っている発音実験は、日本人なら誰でも自分の口を使って追試できますので、是非自らもお試し下さい。

この第六章の考察には歴史学・考古学・朝鮮語学の知識などは全く必要ないのであって、この第六章を否定できないなら、『記紀万葉』を記述していたのは言語的外国人だった」という命題は揺らぎません。

歴史学者・考古学者・朝鮮語学者・中国語学者などが議論に参加できるのはここから先、「その言語的外国人とは具体的には何者か」という段になってからですが、それは『記紀万葉』成立当時の史実から考えて、663年の白村江敗戦により大量亡命してきた百済人だとしか考えられず(第二章)、そのことは言語学的にも確かめられる(第七章・第八章)
という訳です。

ご多忙ならば、とりあえず、最初のデモビデオ(約15分)だけでもご覧頂ければ幸いです。
http://music.geocities.jp/konatarosu/Hakusonkou/Index.html

644.日本語に翻訳 返信  引用 
名前:管理人    日付:2012/10/20(土) 18:05
弊サイトをGoogle Chromeで閲覧すると。このページは中国語(繁体字)です。日本語に翻訳しますか?と表示されます。ここで「はい」を選択すると珍訳してくれます。(笑)

最近ちっとも更新せず、そんなことをして遊んでいます。はは・・・。


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