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茄ー子の窓 掲示板

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6364.(untitled)  
名前:勤務医です。    日付:8月8日(金) 17時58分
ノースカロライナに2年いたことがあるので
なんだか 懐かしく 思いました。
病院が中心の田舎町であったので スーパーでも術衣のまま帰りのナースの方々をよく見かけました。

6363.kimmieさん  
名前:sumie    日付:8月4日(月) 18時8分
きよみさんのホームページとリンクしていたので、
書いてくださったのですね。
すみません。
リンク先が切れていました。
以前は、メールのやりとりをしたり
お会いしたこともありますが、
今は、連絡先が分かりません。

すみません。
どこかでお会いできますように。

6362.ノースカロライナにお住まいのナースきよみさんをご存知ですか?  
名前:kimmie    日付:8月3日(日) 3時9分
はじめまして。最近ノースカロライナに移ってきた小室きよみと申します。インターネットでたまたまノースカロライナにお住まいの”キヨミ”さんと言う方を知りました。私もノースカロライナでナースになりたいのでぜひお友達になりたい!キヨミさんをご存知の方かキヨミさん御自身からお返事があったらうれしいです。それでは.
eureka.and.kimmie@gmail.com

6361.療養通所介護、、、へえ  
名前:sumie    日付:7月30日(水) 13時45分
みのりん、Shimizuくん、情報ありがとう。
療養通所介護、でグーグル検索してました。

なーるほどねー、
重度の方のデイケアという感じは納得。
だけど、
24時間看護師の観察が必要な方が
通所できて、
日中を過ごせるってことは、
まあ、だいたい、宿泊できちゃうくらいの設備は必要になるんですかね?

だけど、「通所できる」という条件を満たしてもらうことによって、
その人が、「家の居場所」を失わないですむとか、
施設側が、「夜勤者」をおかなくてすむとか、
そういうメリットがあるのかもしれない。

この事業、あたしが関心もっていることと
かなり近い感じがします。

「中間ケア施設」の類型に関する研究とかないんですかね。
「福祉施設」と「医療施設」の間に位置する
「中間ケア施設」、、
そういうものについて、
もっともっと勉強したいし、
考えたいです。

今は、それをするわけにいかないけど。

はあ、
やっぱり、10年以上前に、教員になったばかりの頃、
「今回断ると二度とチャンスはないと思いますよ」
って言ってもらって、さそってもらったけど
断ってしまった、
厚労省の仕事のチャンス、
もういっぺん、あたしに振ってこないかなあ。

6360.療養通所介護のことですか?  
名前:Shimizu    日付:7月28日(月) 15時53分
2年前から療養通所介護というのができました。
これはショートステイというより、重度の方のデイケアという感じですね。

ショートステイができる施設は法人格だから、訪問看護も可能ですが…。個人で立ち上げるのは結構大変かなと。

6359.あります  
名前:みのりん    日付:7月26日(土) 21時52分
しばらく前の訪問看護の月刊誌だったかに載っていました。広島県だったかな〜。確か。他にも多分あるはず、はっきりしたことは言えませんが、またわかったら、お知らせしますな。

6358.すでにあるの?  
名前:sumie    日付:7月24日(木) 10時37分
みのりん、
訪問看護付属ショートステイセンターって
まだ少ないって、すでにあるの??
教えテー

証券の営業マンだった夫が、
今、鍼灸あんまマッサージの専門学校に行っているので、
かなり、「開業」の夢に現実味があるのですよ。

60歳で開業、、本気で準備していきたくなっている昨今です。
ま、その前に、50代のときに
「現場の看護師をサポートする事業」となんとかやりたいと思うんですが。

ま、その前に博論です。。。。。この夏はがむばる!

6357.訪問看護付属ショートステイセンター  
名前:みのりん    日付:7月22日(火) 22時57分
お久しぶりです。
本当に欲しいです。まだ今は珍しく近所にはありません。医療依存度の高い人が多く在宅で過ごしています。
デイケアですら受けてもらえない人、気切と胃ろうがあるとほぼ絶望的ですね、病院併設のデイですら胃ろうの患者を受けてくれないってどういうこと!?と怒りたくなる。
かえって特養やデイサービスのほうが受け入れてくれています。
ショートとなると看護師が夜勤している施設はぐっと少なく気切は絶望的ですね。
訪問看護ステーションにいて、やりたい気持ちはあっても、看護師が何人いれば交代で出来るかって言うと、かなり厳しい。経営的に安定するのも難しい・・・。
また、ゆっくり考えましょうね〜。

6356.病の悩みを抱えた人との関係性の中で生きるを支える  
名前:sumie    日付:7月18日(金) 11時9分
顧問くん、

感動しました。
>その人、その時によって色を変えれるのが看護師の一番の仕事なのかもしれません。

これ、本当にそう思います。

顧問くんが、ここに立ち寄り始めたのは、もう何年前でしょうか?
すごいねえ。
本当にすごい。
考え続けながら、実践し続けている人にしか発信できない豊かな知を
感じました。
深く深く敬意を感じます。

たぶん、看護師は、「生きるを支える」の前に「病の悩みを抱えた人の」という対象を限定するアプローチかなと思いました。「病」は、医学的な「疾患」だけではなく、本人あるいは本人の身近な人が「病?」と感じる主観をも意味します。そして、そのアプローチは、相手とその人を取り巻く周囲の状況と看護職との関係性の中で、色を変えながら行われるものだと思います。看護学は、そのための「知」を開発していく学問でしょう。

「成長する悩みを抱えた人」を対象にするのが、「教師」でしょうか。
「教育学」はそのための「知」を開発していると思います。

「暮らしの悩みを抱えた人」を対象にするのが、「福祉専門職」でしょうか。

 「病の悩みを抱えた人の病を癒すことを通して生きるを支える」のが、医師であり、医学でしょうか。

 いいんですよね。最終的には、何が、看護というアプローチで、何が、医学的アプローチで、何が福祉で、何が教育でも、、、。
 「生きるを支える」ことを大切にする。
 そのことを通して、自分の「生きる」もまた、支え返される。

 そういうものだなと思います。

 進路変更を希望する学生の相談を受けました。「いくつかの実習を通して、私は、看護のように総合的に多方面から人に関わることを希望していないということがよくよくわかりました。もっともっと部分的に、焦点を絞って関わりたいのです。そういうことをやってみて、また看護を学びたくなったり、看護職になりたくなったら、また再チャレンジしたいと思っています」といいました。

 なるほどね。。ってしみじみ思いました。
 
 色を変えることが醍醐味であるけれど、関係性の中で、色を変えることを身につけることは、至難の業。。。

 あらためて、「看護を学ぶ人を支える」という仕事をしている自分の職業の重みを感じている昨今です。

6355.生きるを支える  
名前:顧問    日付:7月17日(木) 8時24分
sumieさんの言う通りです。

「生きるを支える」ってのは、医療だけではなく、福祉も教育も全て色んなことが含まれてます。
何より「その人がその場所で生きやすく生きるを支える」って感じでしょうか。

5ヶ月ほど前に、精神障害者退院促進強化事業で取り組みを発表したんです。
とっても地域で生きるのには困難事例でした。

グループホームに住み、日中は作業所に通い、夜は食事支援を受け、お金は社会福祉協議会の金銭管理を受け、訪問看護、通院というけっこう福祉・医療のフルパックの人です。

で、私達の訪問看護は何をしているのか?
週3回訪問しては、お味噌汁を一緒に作ったり、お布団を一緒に干したり、洗い物手伝ったり・・・時にはお薬をセットしたり・・・

看護らしい看護は特に何もしてません。
でも、退院する時に対人関係が問題があるのでグループホームのサテライト型がいいだろうと選択し、グループホームの人と話をする。
日中活動が必要なので数ある作業所の中から一つ選びそこの作業所と話をする。「ガツン!」と叱ってくれ、しかも大きな父親的に抱えてくれる作業所なのです。

そして、金銭がめちゃめちゃなので生活保護の支給があったら3くらいで使いきってしまうので社会福祉協議会の権利擁護事業を使い。。。

私は看護師として何をしているのか。

本人のブレーキ役になること。
そして、それぞれの機関と連携を密にして情報の集約と発信を。
みんなの疑問を一緒に考える音頭とりを。
病院の主治医に地域を信頼してもらえるように働きかけること。。。

それくらいです。
実際にはお味噌汁作ったり、お布団片付けたり・・・

でも、私はこれがこの人にとって精神科訪問看護なんだと思っています。
その人がその場所で、生きやすく生きれるように。

生きやすく生きれるように時にはコーディネートしたり、時には直接的にケアしたり、時には情報の集約係りに徹したり、時には関係機関に病状を説明したり。
そうやって、その人、その時によって色を変えれるのが看護師の一番の仕事なのかもしれません。

それぞれの機関の温度差を知り、それぞれの機関の役割を知り、その役割を越えないように、相手を信頼する、そして信頼出来るためには仲良くならないといけない。
温度差を知るってのはとても重要で、「作業所なんやからこれくらい・・・」とか思い始めたら上手くいかなくなる。
そrぞれの考え、方向を一致させる、温度差を理解する、つまり相手を知るということ。

こういうことが出来るのは精神科訪問看護の醍醐味なのかもしれません。

精神科はその人の生き様そのもの。
生きてきた人生を抱えるところなのかもしれません。
だから、「生きるを支える」んだと思うのです。

もちろん直接的にケアすることもあります。
認知行動療法だってする時はありますし、薬の管理をしっかりする時や、病状の管理をする時もあります。

でも、私は、前述したように「その人が生きやすく生きれればそれでいい」と思っています。
そのすり合わせをしたり、色んな色に自分達を変えたり。
精神科の患者さん達は、生きるのが下手な人が多いです。人間関係苦手だったり、距離感が下手だったり、悪循環していたり・・・

そういうところを支援していると、ともすれば、自分達の想いの導いてしまう可能性が高いです。
だからこそ我々は自分達の人間的バランスが重要なのだと思います。
自分が偏っていれば、その人を偏った方向へ導いてしまうかもしれません。
人生観、価値観、生き方、死生観に至るまでのバランスの取れた感覚を求められるのかもしれません。

そういう意味では私達看護師も、利用者さんと共に成長していくんだと思います。私達自身も楽に楽しく生きていけるようにならないといけませんし、その方がやっぱり楽です。

精神科訪問看護の活動って、幼稚園の先生とカンファしたり、小学校の先生とカンファしたり、地域住民説明会したり、あちこち飛び回っていたりします。
でも、私はこれが醍醐味なのかもしれないと思っています。


看護とはそういうものなのかもしれないなって感じてます。

6354.考え続けること、実施し続けること  
名前:sumie    日付:7月16日(水) 18時47分
ひーこさん、おひさー、かき込みありがとう。
そうだよね。中堅以下の若手にしわ寄せが行っているというのは
そうだよなって思います。特に、「看護」そのものについては。
だけど、たぶん、「上」も「上」でてんてこ舞いなのではないかと思えます。「上」には、「中堅以下」にみえない仕事が、ふりかかってきている。なんせ、そんな「医療政策」の国なわけなので。。
たぶん、ゆとりをもって働いている人は、医療の業界にはいない、、気がします。明らかにさぼっている人を除いて。。。。

顧問くん、
精神科訪問看護ってなんぞや?→「生きるを支える」
ううん、すばらしい!
たぶん、でも、この「生きるを支える」は、「ケア」というもの全部なんだと思います。教育も、福祉も、医療も、「生きるを支える」ことをしていると思います。
conasuのまとめた著書、顧問くんに紹介したいなあ。


みんなのかきこみとか、ここ数日の仕事とかの影響で、ふとかきたくなったこと。。。


教員をしていると
卒業生とか、
在学生とかと
「看護がわからなくなった」とか
「私のやりたいことは看護じゃない」とか
「私のやりたかったことは、看護とは違うのかもしれない」とか
「私は、ボランティアはしているけど、看護はできていないかもしれない」とか、、、いろいろ、そういう会話に触れる。

 「看護」を「仕事として提供する」ための「看護師」としての「仕事」の中には、「看護」ではない「仕事」もいっぱいあるわけで。
 だけど、「看護」ではない「仕事」も、「看護」のためには大事な「仕事」だったりするわけで。。。

 「看護ってなんぞや?」って問いと 
 「看護師って何する人?」って問いの答えは、イコールにならない。
 だけど、「看護師である個人が、アイデンティティを感じるとき」っていうのは、「看護をしている」と感じられたときなのではないかと思う。

 ここのところずっと「救急外来看護」とか「手術室看護」とか「急性期看護」とか、ワンシーン、ワンシーンの看護に意味づけることにエネルギーをかけてきたんだけど、先日までの実習で、久しぶりに「回復期の看護」をじっくりさせてもらう体験ができた。
 脳外科の手術を受けた患者さんの看護だったんだけど、長期にわたる「身体障害」を抱えて暮らしていくことになることがみえている人への
急性期リハビリテーション看護から開始して、回復期リハビリテーション看護へのシフトをしていった。

 やっぱり、あたしは、こういう時期の看護が、もっとも関心があるのかもしれないと、しみじみ思ってしまった。

 自分のやりたいことをやるという前提で、仕事を選ぶという考え方は、もう何年もあんまりしてこなかった。
 とにかく、私がすべき仕事を、意味を見出して、ていねいにやるということしか考えてこなかったから。

 だけど、やっぱり、60歳になったら、「訪問看護ステーション付属ショートステイセンター」みたいの、やっぱりやりたい!って
再び本気で思いました。

 しかし、たまった仕事を片づけねば。

 とにかく、考え続けつつ、実施し続けること。
 それが毎日をやりくりする上で重要ですな。はい。

6353.すっごく遅ればせながら・・・  
名前:顧問    日付:7月15日(火) 13時42分
みなさんお久しぶりです

看護師のアイデンティティ

というのを今おもすごく考えてて、調度タイムリーな話題だったので書き込みしました。


「看護とはなんぞや」というのを一言で、簡潔に、わかりやすく答えるとすれば何になるんだろう・・・

看護師って何でいるのだろう。。。

なんてことを周囲の先輩たちや同僚などと考える機会が増えています。

私は薄井さんじゃないですが
「看護は実践の科学」であると思っています。
それを言語化して、文章化して後世に残していかなければならないと思っています。

職人芸はとても必要だけど、職人で終わってはダメで、きちんと言語化して伝えれないといけないんだと思っています。


今色んな講義の講師をする機会が増えていて、色んなところで「精神科訪問看護ってなんぞや」って語る機会が増えています。

一言で言うと精神科訪問看護は
「生きるを支える」ってことなのかななんて思っています。
抽象的ですね。。。


色々書こうと久しぶりにワードに書いたりしてみましたが、まとまらなかったので、こんな書き込みになってしまいました。


まとまりのない、自分勝手な書き込みで失礼しました。

6352.こんにちはー、と、本の紹介  
名前:たま    日付:7月2日(水) 15時17分
こんにちわんこそば。暑くなってきましたのー。

わーー、ひーこさん、お久しぶりです。
そうだなぁ・・おいらは現場を離れているので、あまり意見を言える立場でないんですがのぅ・・・。

ひーこさんの意見もなるほどなぁ・・としみじみ読んでしまいました。
現場の苦悩・・・現場からの直接的な視線と
sumieさんが書いた意見のような全体を鳥の視線のように、鳥瞰的な視線で考える事。

問題を立体的に考えるには、両方必要なんだろうなぁ・・と
思ったの。
ああ、あんまり役に立つ事が言えなくて・・申し訳ない気持ですのぅ。


ちょっと話題からそれてしまってすみません。
ここの常連さんでもある、じこりん、warayaneさんから良い本を紹介してもらいましたので、こちらにもお知らせしますねー。


ストップ!
病医院の暴言・暴力対策ハンドブック
監修 相澤 好治
編集 和田 耕治
メジカルビュー社  ISBN978-4-7583-0025-4
定価 3,990円(5%税込)

http://www.medicalview.co.jp/catalog/ISBN4-7583-0025-9.html

warayaneさんより
「暴言・暴力に対して弁護士、警察官OBいろいろな立場で、予防から収拾まで書かれています。
あまりマニュアルを作っている病院はないようですので、役に立つと思います。」
とのことです。
warayaneさんは、看護事故さんでもあるわけですが、ここのなすのリンクよりも「院内暴力」について丁寧にまとめたHP「看護師の看護師の安全をまもる」にいけます。
いつもこつこつ、丁寧にまとめられていて頭が下がります。

6351.現場の看護師より  
名前:ひーこ    日付:6月29日(日) 22時56分
お久しぶりです。

ちょっとだけ横槍ですが。
最近病棟のあり方にもいろいろ考えることがあったり、
ここでsumieさんたちのの意見にもちょっと刺激されました。

>看護師が疑問をもたなくなってしまう背景には、個人の力不足だけでなく、
>個人が力を磨こうとしてもあまりにも混乱した知識の実態があるということ
>もあるのではないかなという気もします。

切磋琢磨できるのは本当に理想だと思います。
でも、そのレベルよりももっと低いところで、自分たちを守るために病院の上のほうではどんどん決まり毎が増えて、マニュアルが増えて、看護スタッフの業務を増やして、首をしめられている感じです。
疑問を持ったことに対して、上司のそれぞれの意見が合わなければ、一スタッフにすぎない看護師は間に挟まれて、苦しい思いをするだけです。
いろいろなやり方の看護があって、それぞれが違う方法であっても間違いじゃないって思うのに、
自分のやり方に合わせてくれないスタッフを許せない、そういう上司が居る限り
疑問を感じても投げかける勇気、エネルギーが涌いてこないのは私だけでしょうか?

看護師のレベルを上げるって、たぶんまずは労働環境をもう少し改善してもらえないと厳しいのではないかと思います。
上の方は上手に時間をやりくりして、調整されていると思います。
でもそのしわ寄せは中堅以下、若い子たちに負担がかかってくるんです。
たぶん、現場にいる人にしかわからないんじゃないかって思ってコメントさせていただきました。

ちなみに、療養上の世話、まだまだうちの病院では看護師がたくさん関わっています。
看護助手さんも1人しかいないし、清潔ケアもいろんな介助も、ほとんど看護師が行っています。
大学病院だから、研修医の役割もあり、いろいろ議論の余地ありです。

6350.診療の補助・療養上の世話  
名前:sumie    日付:6月26日(木) 17時26分
 「岡本祐三 アメリカの医療と看護ーその光と影ー 保健同人社 昭和59年 1984」
  
 この本に、米国におけるフィジシャン・イクステンダー(Phisycian Extender PE)と総称される「医師補」とでも訳すことができる新しい医療職種として、フィジシャン・アソシテイト、フィジシャン・アソシエイトメデックス、ナースプラクティショナーがまとまって紹介されていました。この本によれば、過疎地・低所得者階層対策として登場してきた職種であるとしています。また、「PEが登場してきた背景には、かなり複雑な要因がからみあっているのであるが、政府としては貧困地域や僻地における深刻な医師不足解消のため、苦しまぎれに速成の準医師を配置しようという構想を打ち出さざるをえなかった。」(p102)とあります。1960年代から養成がはじまっているそうです。

看護職の養成教育の歴史上の制度的な変遷をみる限りにおいて、私の感覚では、この時代の米国の動きを、今の日本が参考にしているようにみえてならないわけです。

そうして、今の米国のRNの仕事は、ほとんど「病人の世話」ではなく、「患者に対する細分化された作業を監督すること」になっているようなのです。

米国をモデルとした変化がどんどん起こってくるこの国で、
本当にいいのか・??と

どんなに問いを発したところで、止めようもないのでしょうか。

「療養上の世話」の中に看護師としてのアイデンティティを強く感じてきた私ですが、急性期看護にフォーカスをあてて、授業・実習・研究をしなければならなくなっている現在、「診療の補助」の中に、看護師としてのアイデンティティをしっかり見出す一方で、だからこそ、「療養上の世話」を「診療の補助」とともに担うことに意味があり、「療養上の世話」を絶対に、看護師は、手放してはいけないと思っていますが、無駄な抵抗になっていったらどうしようと思ったりしています。

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