一応は病み上がりで活動を制限しており、お陰で14日のサントリーホールでの演説を、生放送で聞く事が出来ました。メモを取って夕刊の要約(毎日)と比較し、翌日朝刊の全文(読売)を読み返し、NHK他各紙の論評を漁って、高揚していた気分が次第に暗惨としていくのを、他人事の様に分析していました。 米国大統領の演説は、誰よりも米国民自身に向けられたものでした。起承転結の構成の、視聴者が最も集中する承の部分で、太平洋を向く事が米国の盛衰を左右する事を「米国民に」理解して欲しいと訴えている辺りから、寧ろ米国の行き詰まりと焦りを感じる事が出来ます。 日本政府はAPECに続き、ロシア政府とも接近の場を持ち、これも間接的に米国を牽制する効果を生みました。米国自身の思惑とは裏腹に我が国は米国離れの姿勢を強め、これが両国間に今までにない緊張感をもたらしている、かの様に見えます。状況の変化に付いていけない人々の中には、日米の関係悪化は国を滅ぼすと騒ぐ向きもありますが、これを的外れと言い切れない不気味さが漂っています。
問題は、どうしてこうなったかを米国が理解していない、様に見える所にあります。実際には、聡明なる大統領は自身の演説の矛盾点を承知の上とは思います。つまり、外交問題を相互対話で解決する時代を主導しようと画策していながら、未だに軍事力のコミットメントが地域平和に寄与してきた、と言わなければならない、矛盾です。 この掲示板をご覧の皆様には釈迦に説法ですが、米軍の存在が太平洋地域の平和に貢献したのは、贔屓目に言っても我が国の敗戦までです。その後はベトナムに北朝鮮と、米軍のコミットメントが状況の不安定化に「貢献した」事例が続いています。私が極右なら、我が国の敗戦も米軍による不安定化の典型例だと、申し上げる事でしょう。 米国は自分の方法論の矛盾を認めない限り、今後の国際社会で影響力を保持するのが難しくなっていくと思われます。確かに、大統領が登場して変化は始まりましたが、先日の東京演説を聴く限りは、その変化は始めの一歩から進めなくなってしまった印象を受けるのです。 故に、米国民とはまた違った理由で、我が国を含む東アジアは密かに失望して、有形無形の米国への冷たい仕打ちとなって現れてきている訳です。我が国の場合は、それまで米国寄り一辺倒でしたから、尚更冷淡に見えるのですが、他の国々と比較する限りはそれ程でもありません。 財政が厳しいから米軍への支援を縮小させてくれと言うのは、標準的な国家なら誰でも言う事です。今までの勘定からの脱却に、日米共に慣れていないから騒がれる、それだけの話です。
それでも大統領は焦らず、どっしり構えていればいいのです。我が国が米国から離れる事など、政権が変わった位で起こるはずがないのですから。戦後六十四年を費やして、我が国は米国無しでは生きていけない状況に作り変えられてきました。軍事的に、ではなく、経済的にです。現在、その悪しきシステムの再構成が始まっていますが、形になるには更に半世紀単位の時を要するでしょう。 その間に我が国以外の国々が民主化を済ませていると、個人的には思います。米国の最高の力は軍事力でなく民主主義です。わざわざ声高に訴えずとも、その事実は世界中が知っています。
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