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ザ!ッ談by首くん

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1587.一緒になり始めた! 返信  引用 
名前:首くん    日付:12月4日(木) 10時47分
石油元売り最大手 : 新日本石油
6位 : 新日鉱ホールディングス

輸入元との関係もあり、まさか経営統合するとは誰も想定していなかった。
でも、昨日、2009年秋をめどに持ち株会社方式により経営統合する方向で最終調整に入ったと発表された。
世界経済の悪化で国内外の石油需要が低迷、車販売も激減し好転の見込みがない。統合による規模の拡大や
経営効率化で競争力を強化する以外に生き延びる道がなくなった。

苦しむ石油業界再編、今は日本版、その内、世界規模で「再編」が進み、今知ってる社名は殆んどなくなるだろう。



さらに、身近な再編、廃止、それは寝台特急「富士」
東京駅から14時間で僕の故郷「別府」へと連れて行ってくれる。

1964(昭和39)年10月、日豊本線経由で東京〜大分を走る寝台特急として登場、富士と命名され
僕の学校時代は西鹿児島(現・鹿児島中央)駅まで走っていた。

1980年 : 東京〜宮崎に短縮
1997(平成9)年11月 : 大分まで短縮
2005(平成17)年3月 : 東京〜門司を「はやぶさ」との併結運転

2009年3月 : 廃止

1586.みんな一緒になろう! 返信  引用 
名前:首くん    日付:12月2日(火) 17時53分
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僕が就職し社会に出た時、まさか「富士銀行」がなくなるとは思わなかった。

合併や再編で「富士銀行」を知る大学生は今はいない。

そして30年も経つと昔の名前を思い出せない企業が多い。
石川島播磨重工業(石川島重工業+播磨造船所、今はIHI)
三菱東京UFJ銀行(東京、三菱、UFJ銀行)
吉野家ディー・アンド・シー(吉野家とダンキンドーナツ)
東京海上日動火災保険(東京海上と日動火災)
タカラトミー(タカラとトミー)
コニカミノルタ(コニカとミノルタ)



思わぬ世界同時不況で「合併と再編」は「世界的」に加速し、10年も経つと今知ってる企業の名前は消えているような気がする。


イケア「IKEA」という家具屋さんを知っているだろうか?
スウェーデン生まれで、パリ郊外の店にも行ったことがある、驚くのはそのカタログ、スウェーデンでも、パリでも
日本でも、言語以外は、表紙も同じ、内容が同じ、ページも同じ、すべて「同じ」なのです。

まったく一緒、驚くばかりです。
コストを抑えて世界で戦う企業は、すでに様々な取り組みを完了し、大塚家具、ニトリを近い将来飲み込んでしまう、そんな予感がする。


その内、日本も中国と合併したり、そんな世の中が来るような気もする。

写真の企業、30年前は競争相手、僕が取引していた会社は3回買収され、最後はこの競争相手に買い取られた。


1585.何か問題あるかな? 返信  引用 
名前:首くん    日付:12月2日(火) 14時14分
田母神(たもがみ)さんに退職金約7000万円が支払われた。

僕は「当然だ」と思う、各紙が自主返納を求めているが「異常」で「可笑しい」と感じる。


防衛省は、昭和戦争などに関して政府見解に反する論文を投稿したので更迭した、これで責任は「取らされて」いる。
それと長年、航空自衛隊に貢献し、11月3日付けで定年退職にしているのだから退職金を払っても何の問題もない。

浜田防衛相は自主返納を求めている、これが可笑しい、さらに前空幕長は返納の意思がない
これは「当たり前」、文句を言う人が可笑しい。


公務員が不祥事を起こし「自主退職」する。
これらには、退職金が支払われ、厚生年金も支給される。
もし、懲戒免職になれば、退職金は支払われず、厚生年金は消滅し、老後は「国民年金」だけ、満額もらっても
月7万円、イバラの老後となる。

これを知ってて、今まで自主退職にし「責任」を如何にも取らせた様に見せてきた、社保庁の皆さん、居酒屋タクシーに
乗車の皆さん、何か文句が言えますか?
ルールに基づいて発表した論文を規制すると憲法の「表現の自由」を
犯すことになりはしませんか?

僕には、非常に疑問の多い「自主返納」を求める声、世論で右往左往し本質を見抜けなくなっている人が多いのも気にかかる。

1584.近所の散歩 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月30日(日) 19時52分
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僕の別荘から歩いて5分、丸子川(まりこがわ)の土手にぶつかる、そこから歩いて25分、「とろろ汁」が評判の「丁子屋」に出る。

この写真は道々の風景、山裾にはミカン畑がある。



    風雲は人の前に向いて暮れ易く

             歳月は老いの底より還り難し

(ふううんはひとのまえにむかいてくれやすく さいげつはおいのそこよりかえりがたし)


風や雲など空の景色は、目の前で見る見るうちに暮れ去ってしまい、過ぎ去ってしまった年月は
老い極まったこの身に再び戻ることはない。


ゆっくりと秋の日差しの中を散歩すると、今まで随分といろいろな事を経験したなと感じ、時間の経過の速さも痛感する。


藤原公任(ふじわらのきんとう)
漢詩や和歌が好きで、楽器の伴奏をつけて歌える詩歌を集め、「和漢朗詠集」と言う流行歌本を作った。
その中には紀貫之(きのつらゆき)、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)などの和歌も収められている。

風雲、この詩は、良岑春道(よしみねのはるみち)の詩
1000年前の日本に住んでいた、その時代の人も「時間の経つのは」「速い」、時間は戻らないと感じていた
何と不思議なこと、人のこころの動きは時代が替わっても変化しないんだと思う。


1583.一週間に一回 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月28日(金) 9時31分
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今日も別荘に戻って来た。

いつもの通り漁港に集まるが、雨がやまない、低気圧が近づき波がある、そして土曜日は産業フェアーで漁協も
出展するので明日は出漁しない、だから今日、金曜日は出たかったが波浪と雨で休みとなった。

駿河湾は海水温が下がり、回遊魚が沖に出て行き「冬の海」となった。
シラスの漁獲も少なくなり、チョッと波浪だと休む、連休明の火曜日、木曜日も休みで今週は一回しか出漁しなかった。

そして1月15日から禁漁となる、早いものだ、1年が経つのは!



手帳を見ると

「のぼっても峠を知らぬ欲の道」

初っ端にメモしてある、何年も前から気に入っている言葉だ。

僕の薄い手帳の最後の方は、メモが出来るように10〜12ページ空いている、そこに年間を通して心に残った言葉を書いたり
記事を縮小コピーして貼り付けている。
東京に帰る新幹線や人待ちをする空き時間に見ている、何度もナンドも見ていると年の終わりには身に付いたように感じ
人に話したり、実践しながら自分のものにしている。


幸せと不幸せはいつも半分半分なのです。
裕福な人にも不幸せは半分ある、貧困に喘いでる人でも半分は幸せと感じる事がある。
そして少しだけ幸せの割合を多くしたい、そのための努力をする事が人生なのではないでしょうか?と曽野綾子さんは言う。

大きな不幸の始まりは、常にある「半分」の不幸を完全に無くそうと思い始めたり、無くす努力をし始めるときですと曽野さんは結論づける。


まあ、この辺りが幸せかなと思い
     幸せが当たり前だと錯覚しないこと

いつも「峠は過ぎたな」と思うと気が楽になる。


1582.初期の漁師体験 その2 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月27日(木) 14時5分
僕は大分県、温泉地「別府」の育ち、郷里でも漁師体験をさせてもらった。


刺し網から7時に戻りそのまま眠った、9時頃起き温泉に行きサッパリとする。
この別府は市内の各所に公共浴場があり、100円も払うと誰でも入浴できる、そして今夜22時から定置網を体験することになった。


どこからどこまでを別府湾と呼ぶか?
関アジ、関サバで知られる佐賀関町の関崎から杵築市の美濃崎までの内側の海で、全国的にも有名な日出町の城下カレイも含まれる。
古くから別府湾では風力を利用した帆船での漁業が盛んに行われ、海底のドロを引っ掻くような漁だったので
「ドロコギ漁」と漁師さんの間では呼ばれた、方言なので他県では判らないと思う。

野生のサルが群生する高崎山(1100匹位暮らしていると思う)の最先端部の別府湾は71メートルも水深がある。
水深が深いのと温泉町での休養を兼ねて昔から軍艦が来る(僕の母より聞いた話)、海上自衛艦の来航は僕も覚えている。
圧巻だったのは、確か小学校5年の時、アメリカの空母、そして駆逐艦4隻が別府湾に現れ、子供会別に乗船日時を指定され
アメリカのランチ(LAUNCH 小型ボート)に乗り空母を見学に行った。

飛行甲板に立った時は「高いな」と驚き、20階建ビルの屋上から(多分小学生だったので?)見ているようだった。



定置網の話からそれてしまった。
別府漁港から見える左右6キロの範囲に8ッ(想像も含む)の定置網がある。その規模は小さく、ます網と呼ばれる。
調べると、水深の浅い海岸に張り、近付いてきた魚を迷わせてとると解説してあった。
でも、高崎山の先は水深71メートルもあるのに大丈夫かな?、と勝手に心配する。


22時30分
自転車で漁港に、村北さん、井永さん親子、安部さんの4人と僕、2トン位の船でます網へ。
ゼンゴ(アジの小さいもの)が全く取れない、その原因は鯨が迷い込み1月程居座り(正確には居泳ぎかな?)先月いなくなったが
小アジが恐れをなして寄り付かないと井永さんが嘆いていた。


ます網の手前10メートル位でエンジンを切り手漕ぎで近付く、ヒラス(ヒラマサの友達?九州では高級魚)が驚いて
網から飛び出したり、破って逃げるのを防ぐために静かに近付く。
別の網を箱網の内側に入れて、ます網の外側を手繰(たぐ)りながらその網に魚を追い詰める、ヤッパリ小さくても定置はいい!

5〜7キロのヒラスが3匹、魚雷のように泳ぎ回る、その間をカワハギ、イシダイ、モイカ(大きいのは40センチ位)、太刀魚、イシモチそしてアジの子、でも、量は大した事は無い。
別に入れた網でこれらを取り、さらにます網を手繰り寄せ残った魚を甲板に揚げる。
大きな丸い生け簀のようなもの(ます網の一部)が沈めて有るので、それも手繰り寄せ、迷う込んだ魚をとる。
ひと網起こすのに約1時間、2ッ起こして一旦帰港、時計を見ると午前0時20分頃だった。


魚の絞め方
頭の辺りを包丁でブスリ、さらに眉間の辺りにもブスリ、そして針金を脊髄に向けて刺す、これをヒラス、イシダイ
モイカ、チヌに施していく。


午前0時40分
水揚げ作業を20分で片付け出港、今度は近場に仕掛けたます網へ。
珍しくイシダイが20枚程入っている(普通は2〜6匹)、さらにカワハギ、何と「なまこ」も多く入っていた。
赤ではなく黒なまこで乾燥させて食べるとのこと、中華の材料として使う種類と一緒のもの。


午前2時40分、帰港
水揚げ作業、よさそうな魚はトラックへ、高く売れそうな大分市にある大分市場へ、その他をリヤカーに積み
永友さんの家の先にある別府市場へと運ぶ。

こんな作業を二晩(二朝?)やった。

お礼を述べる。
手伝っていた安部さんの奥さんが
「ほんとに漁師になるの?????」
「やる気だよ」
どれほど信じてくれたか判らないが、みんな、優しく笑顔で見送ってくれた。

1581.古本屋 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月26日(水) 18時36分
えっ〜200冊も売れたの?

露天商の古本屋のオヤジさんと僕の会話、JRお茶の水駅聖橋口をでてアーチ状の古い石橋を渡ると、右に湯島聖堂
左に東京医科歯科大学が見える。
12本のイチョウ並木が始まる手前のところで、そばにある階段をおりると地下鉄丸の内線につながる
そこにオヤジさんはもう6年位店を出していた。


2、3度神田署のお巡りさんとやり合っているのを見たこともある、オヤジさんの所から真っ直ぐ進むと8分で湯島天神
その手前が僕の東京の事務所、オヤジさんのところから右斜めに3分歩くと神田明神がある。


オヤジさんとの会話の続き
200冊じゃきかないよ、本があらゃもっと売れるんだ
売り上げ30万位になるの?
そんな〜にゃならねえ、雨の日もあるし、酒飲み過ぎて休むこともあるし、まあ平均150冊ってなところかな


月収を勝手に計算すると
150冊 X 22日 X 100円 = 330,000円
でも仕入れは1冊50円、つまり165,000円がマイナスとなるが年金と合わせるとまあまあの金額、そして税務署は
調査に来ないし、確定申告もしていない。
仕入れ50円は確か、僕もこのオヤジさんに本を売ったことが有る。


このオヤジさんのさらに凄いところは・・・
大変な読書家、露天の反対側が10坪程の小さな公園で、洒落たベンチがあり、ポカポカと陽に当たりながら読書する。
一日一冊は読む、僕はその横を通って毎日のように営業に出かけるので読書している姿を見ている。
時代小説ばかり読んでいた僕だったが、推理小説、ハードボイルドなど色々なジャンルの本をオヤジさんから紹介された。

若い頃はもっと読んだんだが、老眼になって量は減ったとオヤジさんは話していた事がある、一体どれくらいの本を読んだのだろうか?


ある時、このオヤジさんの側を通ると「ない」と言われた。
オヤジさんが読んで面白いやつは売らないで必ず僕に紹介してくれる様に頼んでいる。顔を合わせた時の
会話は「ない、ある」の二つ、他人が聞くと無愛想だが、二人の親愛なる挨拶だった。



このオヤジさん、最近死んだ。

1580.初期の頃の漁師体験 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月25日(火) 21時7分
雪の舞う山形県、庄内の日本海、2〜3メートルの波でも出漁する。


よ〜し乗ってみるかと覚悟を決め乗船。
ものの5分もすると防波堤の外に、そして波、波、波、約2メートルの波があっちからこっちから漁船に襲いかかる。
陸に上がりたいよ〜と小声で叫んでから・・・下船したのは3時間後だった。

一つ目の網起こし開始。
アンちゃんや沢先生の指導の下、一生懸命引き上げるが波と庄内クラゲの重さで海に引き込まれたり、力の入れ具合が
悪いのか上手く呼吸を合わせられない。
海面ばかり見ていたので気持ち悪くなる。遠くを見たり大きく深呼吸するが、さらに気持ち悪くなる。
そうするうち魚が上がってきた、鮭が150匹、船いっぱいに散乱し尻尾をつかんで船倉に投げ込んでいく。

船は次の網起こしに向かう、沢先生を手伝って海水で甲板を洗うがその時に感じた生臭さがまずかった。
とうとう人に見られないように戻した、一回目のゲロ。


次の網起こし。
潮の流れが変わるのかナカナカ上がらない、それでも頑張りだんだん庄内クラゲが見えてきた。
2メートルの波で網が船底にまわりかける、それでも皆頑張る、でも船長からの中止命令、この網は午後に回すことになった。
その合間を縫ってゲロ、戻す、ゲロ、そして黄色い胃液も一緒に。

本当に漁師の道を求めているのか・・・自問がつづく。
厳しさを感じる、そして寒い。
次の網起こし開始、これは気分が晴れた、色々な魚が入っている、すずき、さわら、ほうぼう、いしもち、どれも僕が
好きな(食べるのが)ものばかり。今のさわらは皮をさっとアブって刺身で食べたら最高だろうなと思いながら仕事を手伝う。

朝の漁を終え港に向かう時は腹も空いてきた。
午後の漁でどうなるか心配なので朝飯は軽く食べる・・・この事を後で後悔することになる。

午後といっても12時から出船。
相変わらずの高い波、2メートルはないように勝手に解釈。
腹が収まったせいか気持ち悪くない、また網起こし。鮭、すずき、いなだと甲板は足の踏み場もない。
そんな中トラフグそしてアンコウが上がり、気持ち悪さは何処かに行き、フグとアンコウのダブル鍋だったら
最高だろうなと思いながら手伝う。

そして漁協にて
魚の検量、箱入れ、後片付け、気持ち悪さは何処かに吹っ飛んでた。が、昼飯を軽めに食べたせいか腹の減ること、減ること、ふらふらしながら宿舎に帰る。

これが12月3日、一日目の漁師体験でした。


1579.何となく書いてみたい 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月25日(火) 13時53分
チョッと難しいかも、でも一言書いて見たい。

バブル崩壊後、「バランスシート不況」と言う言葉がよく使われた。
住宅価格が急落し今まで1000万あった不動産価値が500万になった、家という形で貯蓄していた資産が目減りしたことになる。

家計簿(バランスシート)上、資産が減っただけだが、僕らは先行きが不安になり消費することを止め、貯蓄を増やそうとする。
景気は雪だるま式に悪くなる。この位の貯蓄があれば「いいや」と思うまで消費には向かず、経済が回復することはない。


日本がバブル崩壊後やったことは(各国がやることは)、僕らが貯蓄したカネを政府が借りてジャンジャンと使う、財政出動だった。

最近のニュースで、各国のGDPの落ち込みが速く、来年はプラスになる国は殆んどない状態、大胆な財政出動で
対抗しないと不況の悪化に追いつき、止めることが出来ない。

絶対やってはいけないこと
TOO LITTLE TOO LATE(後手に回って規模も不十分)
日本政府が得意な「チビ、チビ」をやると効果はまったくでない、さらに途中で止めたら景気は急降下する。


騒がれてる「埋蔵金」
そんな一時的なものではなく、僕ら国民に説明し、十二分な赤字国債で乗り切る以外に道は無い、と僕は考えている。

1578.好天なのに 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月21日(金) 13時48分
昨日、今日と暖かくして漁港に行った。
残念、昨日も今日も休漁、西風が強く「二艘引き」のシラス漁にとっては危険がともなう。

網に重りをつけて海底に這わせる、それを本船と手船の「二艘」で引く、その時間は1〜2時間、風や波が
強くなっても40〜50メートルの長さのロープで引いているので、漁船に引き上げるのに少なくとも20分はかかる。

その引き上げ作業は、本船と手船、そして僕の伝馬を並行にロープでつなぎ、本船に全員が集まって作業する。
船側の支柱にロープをかけるだけなので波が高いと外れることもある、外れると担当の船頭(船長)が手船や伝馬に
飛び乗りエンジンをかけて本船から離れる。

まるでサーカスでの演技に似ている。



困るのは、突然の休漁の場合「やること」が無い、こんな時は水産高校のチャンバラの部活に時間処理のお世話になる。

漁もやっていないので余力がある
部員がやるメニューを一緒にこなす、切り返しから始まり応じ技まで1時間半、それから地稽古、掛り稽古
最後に切り返しをやって終わる。

時々、部活の顧問の先生から「首さん、生徒に何か一言アドバイスをお願いします」と頼まれる。


こんな話をした。

高校では国語60点、数学50点、水産学70点と100点を取らなくても評価してくれますが、実社会は「0点か100点」、中間的な点数で評価はしません。
つまりお金(給料)をくれません。

時には「テストで何故100点が取れなかったかを反省し、100点を取るには如何したら良いか」考え、実行することも必要です。


どれほど頭に残ったか判らない、でも役立ててほしい。
さらに僕が考える学生と実社会の違い、それは

練習が出来ない。
実社会は常に真剣勝負の、ぶっつけ本番、練習など出来ない。

類題がない。
過去にこうだったから、次はこうだとは言えない、直面する問題は常に「新しい」ものを含み、過去の経験を捨ててかからないと「創造的」な処理、人が「アッと驚嘆する」解決が出来ない。


0点か100点
練習が出来ない
類題がない

僕が考える学生と実社会の三つの違い
さらに、試験のよく出来る学生、実社会で成功する人、どちらも「時間」の使い方に工夫をこらしている。


神は万人に「一日24時間」を平等に与えている。
でも、格差が出る、時間の使い方が上手いか下手か、人生の分かれ道になる。

1577.おっ、寒! 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月20日(木) 20時27分
薄いセーターの上にチョッキを着て、ズボンの下にはステテコ、足には足専用のホカロン、それでも「おっ、寒!」
海上で寒さを感じるとどうにもならない、なるべく多く着て、暑くなったら脱げばいい、これ各地の漁師体験で会得した。


秋の日はつるべ落し

一日一日と日が短くなり、肌寒さを感じる。


平凡なことを毎日毎日平凡に行なうことは非凡な才能である

アンドレ・ジードの作品「狭き門」の中に出てくる言葉、そうだと思って実行しているが結実しない、悩むね。

1576.おつかれさまの国 返信  引用 
名前:じゅんちゃん    日付:11月18日(火) 20時48分
今日は、午前4時から仕事。

♪一日に何度も繰り返す そのことば

もしかしたら「こんにちは」よりも多いくらい

そのひとの疲れに「お」をつけて「さま」までつけて

「おつかれさまです」と声をかける ぼくらの日々

やさしくて強くて一生懸命で 生きることはただそれだけで

大変で その愛も仕事も大切で 頭をさげて「おつかれさまです」

といいかわす ぼくらの国♪・・・・・

ありがとう 大丈夫です おつかれさまです


山谷のおっちゃんおばちゃん達 おつかれさま。

明日も頑張って!

1575.勝海舟 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月17日(月) 15時55分
NHK大河ドラマの篤姫にあんなに登場すると気になる。

僕の会社から5分、壺屋総本店という和菓子屋がある。
寛永年間に町民が開いた「江戸根本」菓子店が創業時の名前で、明治維新の際には「長い間徳川様にお世話になったのだから」と
色々なお店がやめていった時、勝海舟から「市民が壺屋の菓子を食べたいと言っているから続けるように」と言われ
店を再開し、壺屋の暖簾が今日まで残ることになった。


勝海舟とゆかりのある壺屋、僕の会社の近くにある。



そして、その2軒隣りに「野上器機店」
魚の目取りカッターを売っている、冬場になり角質化した足の踵(かかと)や手のマメ、鉋のように薄く切ることができる。

チャンバラやる人には便利なカッターですよ。



勝海舟の逸話の中で、僕が特に好きで、今でも実践していることは「人に頼む」、すべてを自分だけでやらないと言うことだ。

彼は海軍奉行並、今で言う海上自衛隊の幕僚長、幕府海軍の親玉になったが、操船は知らない、必須のオランダ語は
判らない、酷い船酔い体質だった。門人も増えたがオランダ語の講義も出来ない、そこで門人の中から
オランダ語が最も出来る者を「話がある」と自室に呼んだ。


べランメー調の江戸弁で
「俺はオランダ語ができね〜え。内緒だぞ。お前、塾頭にしてやる、月謝も半分渡すから、俺の代わりに講義してくれ」
とその門人を説得した。


「出来ね〜時には、出来る奴に頼むのよ」
「値切っちゃいけね〜え、手当てはドッンとやんな」
こんなクダリだったと記憶している。
「本当の」専門家を高額で頼む、知識も半端じゃないので割安になる、さらにあの人をあの金額で頼むなら「私」の方が
有能だと人も集まる。



出来ね〜時には、出来る奴に頼むのよ
短時間に、安く、効果的に物事を処理できる、僕は結構この方法を使っている。

1574.さる蟹合戦のその後 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月16日(日) 13時55分
ある日のこと、蟹とサルが一緒に歩いていると
サルは柿の種を、蟹はおにぎりを見つけます。するとサルは
「おにぎりは食べてしまえば終わりだけれど、種は育てれば柿がたくさん食べられるぞ」
と言いました。

気の良い蟹は種と交換してさっそく畑に植え、毎日「早く芽を出せ柿の種、出さぬとハサミでちょん切るぞ」と
言いながら水をかけて一生懸命世話をしました。

・・・・・

熟した柿を食べ、青くて渋い柿を投げつけたために、蟹は大怪我、それを見ていた子蟹たちは、近くに住んでいた栗と蜂と臼に
相談に行き、みんなで力を合わせてサルを懲らしめることにしました。

栗:サルの家の囲炉裏の灰の中に隠れる
蜂:台所に水瓶(みずがめ)に
臼:天井の梁(はり)に

サルが帰宅、囲炉裏の灰をかき混ぜると、熱くなった栗がポンと弾けてサルにぶつかる。「あっちち」とやけどを冷やすために
水瓶の蓋(ふた)を開けると蜂がチクリと刺した。
慌てて逃げ出そうとするサルの上に臼がドサッと落ちて、みんなの力でサルを退治した。



刑法の先生のくれたプリントには「その後」が書いてあった。

このサルは臼の重さで内臓が破裂し数時間後に死亡、その子猿が蟹は栗や蜂、そして臼を指導し、共同して殺したので殺人罪に
あたると警察に告発、検察での取り調べ後、裁判となった。


子猿
子蟹は蟹の子供だがすでに18歳に達しており、十分に栗、蜂、臼と相談して自分の父(サル)を懲らしめる計画を
立てることは可能、さらに臼が落ちれば「死」を予測でき、殺意があったと考えられるので殺人罪に相当する。

また、栗、蜂、臼の一連の行動は「密接な関連性」があり、臼の行動が死を招く可能性を栗、蜂とも予測出来た。
共謀して殺人に関与したと考えられるので殺人罪に相当する。


栗と蜂
殺意はなく、あくまで「懲らしめよう」と考えただけで、サルが死んだのは申し訳ないと思うが、罪があるとすれば過失傷害だ。



かすり傷を負わせようと落ちたが、たまたまサルが通過した位置が悪く、死に至らしめたので過失致死、殺意などはなく殺人罪ではない。



世間によくある話、陪審員になれば、具体的に解決せねばなりません。
僕は若い頃、学校でこんなことばかり勉強していました。

何が勉強になったかって、それは「人の話は半分」必ず「もう一方」の話を聞き、考える、そんなことかなと思い出される。

1573.続くか? 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月13日(木) 18時51分
本当にこの国は「平和」だね、何をやっても責任を取らない。
ジュンちゃん、クーデター起こす前に「おさらば」したい、そんな心境だよ。


継続は力にならない。
力になるまで継続する、こっちが大事。
個人の状況で出漁の回数は違う、漁師の力量も違う、「力」にするためにどのような「努力」を積めば良いか考え、「集中」が大切。
そして、パチンコをやらず、深酒をせず、多く漁に出た人にはかなわない。


秀吉が城普請の現場を見て歩いた。
石垣を積んでいる人がいるので「何をしているのか」と聞く。
ある人は「石垣を積んでいます」と回答。
ある人は「城を造っています」と答える、この人は後に「加藤清正」となる。

この話は僕のでっち上げ、でも、2人とも石垣を積んでいるが、将来をどう考えているか、その発想によって
出来上がるものの質は絶対に違う、と僕は思う。


バブル崩壊で
日本の商業用不動産価格はピークから87%の下がり
僕らの財産は土地と株だけで1500兆円、GDPの3年分が目減りした。

でも、その後のGDPは一回も1990年の水準を下回ったことはない、何故か「銀行への資本投入と政府支出」を
止めなかったからだ。
だんだん実体経済からの損失が出てくるが、世界が足並みをそろえ「財政出動」を今後10年間はやめないことだ。

続けられるかな?、回復するまで「続ける」、これが大切なんだけどね。

1571.噛み付かれた! 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月11日(火) 14時44分
「いささかも間違っていると思わない」
と田母神俊雄前航空幕僚長に参院外交防衛委員会で政府は噛み付かれた。

そして憲法改正を聞かれ「改正すべきだと思っている」と
「国を守ることについてこれほど意見が変わるものは直した方がいい」と力説された、この点は僕も賛成。


テロとの戦い
イラクは主権国家、それに戦争を仕掛ける、核が見つからず「ゴメン」ですませられるか、それに協力を
求められる、当然戦闘に巻き込まれることもある、戦うのか、死んで帰るか、真剣に国民上げて議論する時期に来ている。

その議論を延ばし延ばし、外国からは軍隊を持っていると認識されている日本、平和維持への武力行使をどう考えるのか
待ったなしに討議し、憲法をどの方向に持っていくか考える時期が来ている。 


さらに、委員からは「その程度の認識か」とやじが飛んだ。
「立法府に対して挑戦というのは妥当ではない」
「自衛官にも言論の自由が認められているはずだ」
と強調され、正論でまとめられた。




太平洋戦争の時も将来を見据える軍人はいた。
情報、その分析、決断から実行、「瞬時」に行うことの大切さを教えてくれた人物、山口多聞もその一人だと思う。


太平洋戦争時、第2航空戦隊司令官として、空母「飛龍」に乗り、真珠湾攻撃に出撃する。
米国ニミッツ海軍提督が、真珠湾攻撃を振り返り
「攻撃目標を艦船に集中した日本軍は、機械工場を無視し、修理施設に事実上、手をつけなかった。日本軍は湾内の近くにあった燃料タンクに貯蔵されていた450万バレルの重油を見逃した。この燃料がなかったならば、艦隊は数ヶ月にわたって、真珠湾から作戦することは不可能であった。」
と回顧している。

山口は、2ヶ月前の「長門」での作戦会議で、第3次攻撃として燃料タンク、修理施設への攻撃を主張した。
南雲忠一司令長官は黙ったままだった。
実際の真珠湾でも、山口は第3次攻撃の体制に入ったが、旗艦「赤城」からの応答はなく、やむなく断念し、北北西に進路を反転することになる。
結果、米海軍の空母は全く無傷で残った。


ミッドウェー海戦に先立ち山口は
「ここは日米両海軍の決戦と見なければならない。従来の艦隊編成を抜本的に改め、空母を中心とする機動部隊を編成し、空母の周辺には戦艦、巡洋艦、駆逐艦を輪形に配置し、敵機の襲来に備え、少なくとも三機動部隊を出撃させるべきである」
と「大和」での作戦研究会で述べた。


山口の提案はうやむやされ、採用されることはなかった。
連勝による慢心から、いくつかの米艦隊の情報を把握しながら見過ごし、作戦に生かすことが出来ず、大敗した。

同じ情報を入手しても分析が違うと、道が違い、成功、不成功として結果が現れる。決断と実行の時期が悪いと、また道が分かれる。

何故、山口に見えて、南雲には見えないのか?
南雲は軍令部より艦隊を「無傷」で連れ戻す様に命令されていた、これが心に引っ掛かっていたか、歴史の中に多くの「事例」がある。


そして山口もミッドウエーで戦死する。



1572.Re: 噛み付かれた!
名前:じゅんちゃん    日付:11月13日(木) 8時12分
僕は、クーデターが起きても、不思議ではないな。

って思いました。ヤ〜〜本当に。

1570.愛車マリリンを手放す! 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月8日(土) 18時46分
休漁で東京に帰った時、診察時間を調整できる時、林内科に行く。

7月にやった血液検査から4ヶ月、肉が足りないと言われ、鳥肉や豚のすね肉(これはコンフィにします)を多く
食べた、蛋白量はアップするが心配は脂肪のつき具合、案の定「中性脂肪」が基準値を超え「運動が足りないじゃないの?」と
林先生、漁師だし、チャンバラもやってますよと反論した。


ひと言、「港まで自転車で行きなさい」
多少、中性脂肪は気になるけど、白血球、赤血球、血小板などの数値が改善されたので「まあ、良し」としよう。



前回は7月の血液検査の数値、今回のものと並べてみた。

総蛋白       7.2/前回6.3 (基準6.7〜8.3)

TTT       5.4 (4.0以下)
ZTT       7.0 (2.0〜12.0)
AST(GOT)   26 (10〜40)
ALT(GPT)   28 (5〜45)
LD(LDH)   235 (120〜240) 
総ビリルビン    0.9 (0.2〜1.2)
直接ビリルビン   0.1 (0.0〜0.2)
間接ビリルビン   0.8 (0.2〜1.0)
ALP       242 (100〜325) 
γ−GTP      25 (80以下)

尿アミラーゼ    226 (65〜840)
尿素窒素(UN)  19.0 (8.0〜20.0)
クレアチニン    0.85 (0.61〜1.04)
尿酸(UA)     6.6/前回 5.8 (7以下)

総コレステロール   212/177 (120〜219)
HDLコレステロール  51/49 (40〜85)
中性脂肪(TG)   277/153 (30〜149)
グルコース       83/111 (70〜109)

白血球数      5800/4500 (3300〜9000)
赤血球数      461/ 419 (430〜570)
ヘモグロビン    14.6/13.2 (13.5〜17.5)
ヘマトクリット   43.0/40.9 (39.7〜52.4)
血小板数      15.2/13.3 (14.0〜34.0)
MCV       93/98 (85〜102)
MCH       31.7/31.5 (28.0〜34.0)
MCHC      34.0/32.3 (30.2〜35.1)

ガンの可能性無し
CA19−9    17.8/13.0 (37.0以下)
PIVKA−II:EC  16(40未満)



血圧は上が120、下が80、寒くなったせいか70を切ることはなくなった。
静岡での別荘暮らしは、確かに「歩く」ことが少ない、漁船も乗り物、揺られたり、網を上げたり、シラスを入れた箱を持ったり
甲板掃除をするが、歩かない、チャンバラにも愛車マリリン、近所のスーパーに行くにも車を使う。



東京に住む人は確かに歩く、僕の愛車マリリンを手放す時が来たように感じる。

1569.明日は見えるか? 返信  引用 
名前:じゅんちゃん    日付:11月7日(金) 19時41分
♪とどまること知らない時間(とき)の中で

いくつもの移りゆく街並みを眺めていた

幼すぎて消えた帰らぬ夢の面影を

すれ違う少年に重ねたりして

無邪気に人を裏切れる程

何もかも欲しがっていた

分かり合えた友の愛した女(ひと)でさえも

償う事さえ出来ずに今日も傷みを抱き

夢中で駆け抜けるけれどもまだ明日は見えず

勝利も敗北もないまま孤独なレースは続いていく

人は悲しいぐらい忘れてゆく生きもの

愛される喜びも寂しい過去も


今より前に進む為には

争いを避けて通れない

そんな風に世界は今日も回り続けている

果てしない闇の向こうに oh oh 手を伸ばそう

誰かのために生きてみても oh oh tomorrow never knows

心のまま僕はいくのさ誰も知る事ない明日へ


優しさだけじゃ生きられない

別れを選んだ人もいる

再び僕らは出会うだろう

この長い旅路のどこかで

果てしない闇の向こうに oh oh 手を伸ばそう

癒える事ない傷みならいっそ引き連れて

少しぐらいはみだしたっていいさ oh oh 夢を描こう

誰かのために生きてみたって oh oh tomorrow never knows♪


とにかく、前に進もう。

1568.37年、長いか?短いか? 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月7日(金) 9時58分
僕の会社が出来たのが1971年(昭和46年)
  学校を卒業し3年経ってから途中入社したのが1981年(昭和56年)
    会社を買い取ったのが1989年(平成元年)
      今年も終わろうとしている、来年は創業38年目になる。


長年営業をやると「兆し」がわかる、ここは上手くいく、これは危ないと体でキザシを感じる。
その兆しを感じた時にブレーキを徐々にかける、企業経営は倒産につながるので急ブレーキを踏むことはできない。

新幹線、危険を感知したら600メートルの制御走行の後ブレーキが働き2400メートル先で止まる。
急ブレーキをかければ車両が空中に舞い、多くの死傷者がでる、経営と似ている。


また、経営には「止める」覚悟が必要、例えば、円高になり1ドル¥100になったらこの商品の販売や製造を
中止するとか「具体的」な数値、商品での覚悟が必要だと思う。

商品の販売や製造を中止してもその代わりになるものが必ずある。
新製品への視点は、ライバルで、営業力の強い企業がどの方向に進んでいるのか、どんな商品を出しているのか
その隙間に入る商品開発をすることだと思う、僕はそうして生き延びてきている。


いつも思う
好景気、不況といっても「市場ニーズ」はあり、タダのものはなく「市場価格」はある、ライバルが狙っている
その時の市場価格に合致するものなら売れて、生き残れる。


商品の販売はロケットの打ち上げと似ていて、その角度が鋭いものは落下も真っ逆さまに落ちてくる、45°で
打ち上げたものは45°の角度で傾斜しながら落ちてくる。


兆しを感じたら迷わずブレーキを踏み始める、目標値に来たら覚悟を決め商品の販売、製造を止める。


何事も覚悟が必要、そして迷わず実行する。

経営は勇気ではない、覚悟を決め実行する物理学だ。

1567.ほおば 返信  引用 
名前:じゅんちゃん    日付:11月7日(金) 6時45分
僕も下駄が好きで、学校の校内をカランコロンと

歩いていた記憶があります。階段教室で教授に「誰だ〜〜!」

って怒られたな〜〜。

愛用していた高下駄のことを「ほおば」って言っていた記憶

があります。

今日は朝から、しとしと雨模様・・・。

あさっては、チャンバラに行こうっと。

1566.上がったり下がったり 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月6日(木) 20時11分
アメリカの株価が上がったり下がったり、仕方がない。

僕のカナダの友人、一人はカルガリーに住んでいる、3〜4年前から不動産が値上がりしているので投資をしないかと
誘われた、もう一人はトロントから1時間のバーリングトン、定年し株式投資で年金を運用していた。


アメリカ人の多くも株で自身の金融資産を運用している、住宅価格の下落、株価の暴落、彼らの預金や年金を
直撃してゆとりはなく、消費は激減している。


米国の消費 : 10兆ドル(1000兆円)
伸びている中国とインド : 足しても3兆ドル(300兆円)
日本 : 2.5兆ドル(250兆円)


アメリカがこけりゃ世界が駄目、数字からでも簡単にわかる。
ちょっとアメリカの株価が持ち直せば、アメリカ人は直ぐに売って当座の資金にしようとする、株価が安定するなどと
考える方が可笑しい。


2〜3年は様子を見ながら投資を考えた方がいいと僕は思う。

1565.下駄、そして騒音 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月6日(木) 17時37分
別荘には下駄がある、昔は下駄をよく履いた。
下駄を履いて木登りしたこともある。


ある夏の夜、下駄を履いて近所のスナック「キョンキョン」に行き、ほろ酔い加減でカランコロン、カランコロンと
下駄を鳴らしながら別荘に戻る、ウルサおばさんの「モチちゃん」に「何時だと思ってんの!」と怒られる、ギャフン。



オフクロ、別府で姉と暮らし93才になる母が

下駄の前が減る奴はセッカチだとか
後が減る奴は横着ものだとか
万遍なく減っている下駄の持ち主は穏やかだとか
言っていた。

ある剣道の先生は「下駄の減り具合で腕前がわかる」と言う。


アメリカのロングビーチに寄港し、船員仲間と飲みに出た。
町の靴磨きで古びた靴を磨いてもらった、その黒人も「靴の減り具合で性格がわかる」と言っていた、何だ!世界共通。


茶の湯で「歩々(ほほ)清風(せいふう)起こる」という言葉がある。お茶では下駄を履いて露地を歩く機会がある、その歩く音によってどれほどの力量の持ち主か判断できる、と茶道の先生は言う。
修練を積んだ人は、一挙手一投足にその美しさや清々しさが見事に現れる。


僕がやっているチャンバラなら動作全体が風のように速やかに流れ、打突に清々しい余韻が残る、そんな境地かなと推測する。


先ずは下駄から。

1563.もやもや 返信  引用 
名前:首くん    日付:11月4日(火) 18時34分
河口湖から朝霧高原まで30分で着いた。
去年も「のび剣」の帰り、寄り道してベーコンを買った、今年も同じ、そして1時間の昼寝、別荘に帰りついたのが16時だった。

懇親会の折、来年は「静岡」で合宿を、という話が出て、関西からの参加者のことも考え、真剣に探すことを約束する。
来年の合宿は「静岡」、決まったらジュンちゃんも恵比寿丸の山ちゃんも参加してね!



静かな夕方、食後、宮大工、西岡常一(つねかず、1908−95)さんの「木のいのち木のこころ」を読み返した。
西岡棟梁は、法隆寺、薬師寺など古代の堂塔の再現、修復に活躍した。



西岡さんは
昔の大工さんは木をよく知っている。
筋違(すじかい)を入れるのはおろか、ガラス戸は空気を通さない。
木をかわずに山を買う。
山の環境を見て木の癖を考える。
木は育った方位のままに使う。

など多くの、後世の参考になる哲学を残した。



さらに続く
宮大工の仕事はそうそう無い。
西岡さんは仏壇を削る仕事や小さな修理仕事で細々食べ、大きな仕事を待つ、そして昭和44年春、初めての弟子、小川三夫をとった。



その小川さんの話がある。

さっそく西岡さんのところに駆けつけると、棟梁は、まず「刃物を見せなさい」と言い、出すと、ちょっとみてポイと投げ捨てた。
こんな道具ではとても使いものにならない、納屋の掃除をしろと言われた。

厨子の作りかけのものと西岡棟梁の道具が置いてありました。
とても素晴らしいものでした。
道具を見せてもらえたのだから弟子にしてもらえたのだという実感が沸いてもきました。

「これから1年間、本を読んではいけない。」
「テレビ、ラジオ、新聞に一切目をくれるな。」
「ただ刃物研ぎだけをしなさい。」
といわれました。
「頭で考えてはいけない。まず体で先に覚えろ。」
命じられたのはそれだけで、あとは何も教えてもくれず、ほぼ3ヵ月間、毎日、刃物を研いでいました。

ようやくある日、納屋にやってきた棟梁は
「カンナ屑とはこういうものだ」
そういって1枚のカンナ屑を手のひらに乗せてくれた。

そのカンナ屑は素晴らしいものでした。
真綿を広げたように向こうが透けて見えました。
こういうことは勉強してもできない。体に染みこませないとできないことです。
私は、それから20年間、西岡棟梁とは、ただ一緒にいただけです。何か特別のことを教えてもらったわけではないのです。


宮大工の世界では、ものを積極的に教えてはいけない。
「ものを教えたら甘えにつながる。その子がやる気を起こすまで、ほっておきます。半人前のときは回り道をたくさんさせなくちゃいけません。命令したら命令した分しかやりません。でも、ただほっておくのでなく、雰囲気や環境だけは作っておいてやらないとだめです。目に見えない雰囲気が大切です。」


工房でも、新人は1年間掃除と飯炊きだけです。
「カンナが削りたくてしょうがない」となったときに削らせてこそ技は上達します。
私が西岡棟梁から教わったのも、そういうことです。
一生のうちに教わったのは、あの「カンナ屑」だけです。



そして僕は
本物を目にすること、触ること、段々出来ない世の中
そして本物が殆んどなくなった今日、2人のやり取りには今後の生き方のヒントを感じる。


のび剣にも「カンナ屑」が必要になった、と痛感した。



1564.Re: もやもや
名前:じゅんちゃん    日付:11月5日(水) 17時36分
目に見えない雰囲気が大切です。ってゆうのは・・・

わかるな〜〜!。本物の職人気質。

チャンバラにも云えるのでしょうネ。

来年は、ドラ息子も高校生。「のび剣」に二人で参加できるといいな。

ではでは。

1562.愛車「マリリン」 返信  引用 
名前:首くん    日付:10月31日(金) 21時46分
Original Size: 615 x 461, 51KB

走行距離が4万キロを超えた。

チャンバラ仲間の西やんから貰い受けた時が2万8千キロ、10年も乗っていたのにこれだけの距離しか走っていなかった。
マリリンをゴミゴミした東京から別荘のある静岡に連れて来たのが2年半前、西やんは夜中だろうが早朝だろうが連れ出した。

別荘の周りは、蛍の出る川あり、近くに山もあって、僕を毎朝漁港まで連れて行く、朝の6時、実に清々しい
空気も澄み切って、マリリンは快調に走ってくれる。


この週末、漁の後、東名高速道路を「富士インター」で降り、朝霧高原を経由して河口湖へ出かける、もう15回は
参加した「のび剣」の合宿に出かける、今回で30周年、昔のビデオをDVDに編集したらしい、懐かしい映像を見ることが出来る。


マリリンと一緒に出かける。


1560.レンジで「チン」 返信  引用 
名前:首くん    日付:10月29日(水) 13時52分
コンビニでチャンバラ練習の前、紙パック入りのお茶を買う。
1リットルで103円、安くガブガブ飲めるのが気に入っている。


ある時、見つけた
レンジでチンするカップヌードル、さっそく買って試した。
熱湯を入れて3分待つのじゃなく、水を入れて電子レンジでチン、待つこと5分、めちゃくちゃに熱いカップヌードル
これがフツーに美味しい、これまでのカップヌードルとの違いは全く感じられなかった。

カップヌードル「チン」タイプは水からでも、お湯からでも作れる。


何年かしたら
レンジシリーズが当たり前、蓋を開けて待つだけなんて新製品がでてくる感じがする。


便利になり、物が進化しすぎると何が「出発点」だったか僕らも若者も忘れてしまうかもねと心配もする。



1561.Re: レンジで「チン」
名前:じゅんちゃん    日付:10月29日(水) 17時47分
何処かの首相が、カップヌードルはいくら位するか?

と質問された時に、400円位かな?と言ってました。

毎日毎日、高級料理屋、ホテルのラウンジのバー。

安全で安いって?

ま〜〜良いですけどネ。

200円持っていけばおつりがくるんですけどネ。

1559.ありますよ。 返信  引用 
名前:じゅんちゃん    日付:10月27日(月) 20時51分
じゅんちゃんちは・・・貧乏だけど・・・貧困じゃないから、

まだ大丈夫か?

そして、なによりも帰るところがあるから、幸せだ!


汚れつちまつた悲しみに・・・ ・・・


汚れつちまつた悲しみに

今日も小雪の降りかかる

汚れつちまつた悲しみに

今日も風さえ吹きすぎる


汚れつちまつた悲しみは

たとえば狐の革ごろも

汚れつちまつた悲しみは

小雪のかかつてちぢこまる


汚れつちまつた悲しみは

なにのぞむなくねがうなく

汚れつちまつた悲しみは

倦怠(けだい)のうちに死を夢む


汚れつちまつた悲しみに

いたいたしくも怖気づき

汚れつちまつた悲しみに

なすところもなく日は暮れる・・・ ・・・


良い季節になりました。

行幸通りの銀杏が色づいてきた。

ボクの秋の指針。

1558.帰るところ? 返信  引用 
名前:首くん    日付:10月27日(月) 19時34分


      ありますか?

   
   海に出て木枯帰るところなし


世界経済、金融救済策が全く効かない、僕は忘れてた、アメリカが対外純負債国だったことを、そりゃ資金が
アメリカから逃げて行く筈、世界経済を引っ張る成長エンジンがない、少しあると世界からドッと押し寄せ、競争の台風。

近場では、シラスの魚価が下がっている。
例年、年末商戦をひかえ、カゴ当り4万から5万はするが、この2週間カゴ当り3万がやっと、遠州灘も相模湾も
シラスが取れていないのに魚価が上がらない。


今度は日本ハム、もうやってられない!
終戦の日本、あんな感じになるんだろうなと想像している、世界が全部を失えば、もう一回原点に返り
限られた食糧や資源を分け合って暮らしていく、そんな世界が来るような気がする。


木枯らしに吹かれ、木の葉が1枚波間に漂っていた、帰るところもなく、不安げに太平洋に浮かんでいる
そんな詩を作った山口誓子の気持がわかるような、心痛い感じがする。


本名は「新比古(ちかひこ)」、誓(ちかい)に子で「ちかひこ」と読ませたが、高浜虚子に「せいし」と読まれ
以来、山口「せいし」で通した。


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