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ある日のシラフバックナンバー

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その173「ある日からその日へ」  
名前:シラフ    日付:2014/04/01(火) 08:10
 毎月発行しているチラシに載せているエッセイ「ある日のシラフ」は今回が最終回。
 チラシを作るにあたり、スケジュールだけでも何だから文章も載せようで始め、出来るだけ音楽ネタで書き、ネタがなくなったら猫のことでも書こうというお気楽な気持ちで始めたが、結局猫のことは書かずに今日まで続けて来られた。我ながらよく書いて来たものだとは思うが、書いたものを読み返してみると、ここ数年は大体五つくらいのパターンを元に、取り上げるネタを変えては同じことを書いているだけになっていた。音楽に対する考え方はほとんど変わらないので、この先もこんな感じで同じような文章を繰り返すだけだなと思ったら急に終わらせたくなってしまった。その100の時に、100回続いた記念としてそれまでの音楽活動を振り返ったことを書き、書き切れないことはその200で書くと締めくくっていたので、どうにかその200までは続けようかなとも思ったが、止めるつもりなのに後2年以上も続けるというのは何とも虚しいのでやはり止めることにした。自分の身長が173センチだから、その173で終わらせるのもある意味切りが良いということにしよう。
 これを機にチラシデザインの変更を思いつく。B4からB5サイズに、毎月発行から隔月発行に変更。チラシのタイトルは「隔月173センチ」。スケジュールやHPアドレスの他にまた性懲りもなく文章も載せるのだが、それは最近書いたブログの中からおもしろいと思った日のものを音楽ネタとか関係なく抜粋して載せて行こうと思う。最初に使っていたブログのタイトルが「その日のシラフ」だったので、そのタイトルを復活させたい。 
 音楽を取り巻く状態はどんどん変わってゆく。ネットによる無料ダウンロードが普及しすぎて人々があまり音楽に金を使わなくなり、音楽を買うという意識も薄まっているように思う。ゆえに、音楽で飯を食いたい人達にとってはかなり苦しい状態になっている。だが、自分は、金にならないからこそ本当に続けたい人達が残ってゆくのではないか、人気が欲しくて、メジャーデビューしたくて客の顔色をうかがっている中途半端なJ−POP連中がどんどん消え、もっと自分の我儘を音楽にする連中が増えて来る、残ってゆくのではないかと期待している。
 自分は音楽に失望したことはない。


 2014年3月
 

その172「ギターマガジン98年3月号」  
名前:シラフ    日付:2014/03/05(水) 21:28
 実家を出て一人暮らしを始める際に、大量のマンガ雑誌や音楽雑誌のほとんどは実家に置いてきたのだが、厳選して何十冊か持って来た中の一冊が「ギターマガジン」の98年3月号だった。イースタンユースの吉野氏のインタビューと、お気に入りのアルバム紹介が掲載されていて、そのたった1ページのインタビューがどうにも印象に残ってしまって置いてくることが出来なかった。
 インタビュアー「小さい頃、憧れのギタリストは誰でした?」
 吉野「そういうのはいないですね。パンクだと、自分でギター弾くようになったら、誰かのギターへの憧れっちゅうよりも自分がどうしたいのかっていう問題だから」
 このコメントがいつまでも忘れられなかった。インタビューが進むにつれて、どうしてもと言われるならばということでブラッドサースティ・ブッチャーズの故吉村秀樹氏を挙げているが、それはテクニックというよりも音作りで参考になったという意味で挙げている。
 使っているギターも国産ばかりで、現在はヤマハのSGタイプ。このあたりにも「自分がどうしたいのか」というのが反映されている。ギブソンやフェンダーの高いやつに意味を見出さないところにも魅かれる。
 このエッセイを書くにあたって久々に読み返してみたら、当時はそれほど印象に残らなかった最後のやりとりがとても強く胸に響いた。
 吉野「音楽を続けるっていうのはね、やれる人にはやれるし、やれない人には無理なんですよ。一度やってみて無理だった、それで諦められるくらいならやめた方が幸せなんであって、俺なんか絶対やめられない。「や〜めた」と思っても時間がたつと「やっぱ、やりてぇ」ってね」
 インタビュアー「やめたいと思う時期もありましたか?」
 吉野「そりゃありましたよ。今でもポンと背中を叩かれたらそうなってしまいそうな時もある。でもやっぱりやめきれない。だからこれからも俺は音楽をやり続けるんでしょうね」
 自分はやめたいと思ったことはまだないが、やめられないという気持ちはよく分かる。この先も今のような状態が続く可能性がとても大きいが、自分も多分きっとやめないのだろう。「続ける」ではなく、「やめられない」。良いか悪いかではない。それこそが、「自分がどうしたいのか」ということなのだ。


 2014年2月

その171「2013年個人的ベストCD TOP10+DVD」  
名前:シラフ    日付:2014/02/02(日) 07:52
 2013年に購入した新譜CDのベスト10+DVD。

CD
 クロマニヨンズ「イエティ対クロマニヨン」
 HAYDEN「Us Alone」
 友部正人「ぼくの田舎」
 タテジマヨーコ「みんななかよし」
 立川談笑「め組の喧嘩」
 三上寛「YAMAMOTO」
 MELT−BANANA「FETCH」
 noy「DERIVE」
 bed「Indirect Memories」
 アルプス「アルバム」

DVD
 toe「8Days.」
 envy「INVARIABLE WILL,RECURRING EBBS AND FLOWS」

 購入順に並べた。
 忘れた頃にひっそりリリースされるHAYDENのCD。今回も地味で良かった。
 60歳を超えても新譜を出し続ける友部正人。「弟の墓」は名曲。
 三上さんも60歳を超えてますます元気。あちこちのレーベルから新譜を出している。今年は3枚出たがライブ盤の「YAMAMOTO」が特に良かった。
 二人編成になってもMELT−BANANAにブレはない。
 今年も心躍るCDに出会えるのが楽しみ。


 2014年1月

その170「友部正人リクエスト大会」後編  
名前:シラフ    日付:2014/01/02(木) 21:31
 何百曲もあるオリジナルの中からリクエストされるので、曲によっては演奏が粗かったり、歌詞が飛んでしまうこともあったが友部さんはおかまいなしに歌ってゆく。時々、クラリネットの安藤さん、バイオリンの向島さんを呼んでサポートしてもらっていた。 
 1部最後の曲は「大阪へやってきた」。歳のせいなのか昔よりもライブの時間が短くなっているので、今日は1部2部で20曲、アンコールで2曲やり、2時間半くらいで終わるかなと勝手に予測していたが、この時点で1時間半経っていた。友部さんを舐めていた。今日は長くなると思い直した。
 休憩後にアカペラで歌った曲は友部正人・矢野誠名義で発表された「雲のタクシー」収録曲。やはり、今日の客はかなりマニアックだと確信。
 あの曲もこの曲も歌われるが自分のリクエスト曲はなかなか歌われない。1部よりも長かった2部の最後は「はじめぼくはひとりだった」。あれこれ歌われたこの時点にしてまだ「その曲があったか!」と思う。友部さんは名曲が多いとあらためて思う。
 アンコールは2曲で、最後に歌ったのが「遠来」。昔、友部さんが一番好きな曲と言っていたような気がする。最後にこれ以上ないくらいふさわしい曲。
 結局、終わったのが9時前。休憩も含めて約4時間のライブ。最後の1時間は椅子に座り続けで尻が痛くなっていたし、自分のリクエスト曲も歌われなかったがいいライブだった。そういえば代表曲である「一本道」と「僕は君を探しに来たんだ」は歌われなかった。リクエストされなかったということはないと思うが、「この曲はどうせ誰かがリクエストするだろう」で避けた人が多かったのだろうか(自分もそんな感じ)。その2曲がなくても物足りないという感じはまったくなかったので、やはり友部さんは名曲が多いのだなと思った。
 帰って静かにビールを飲んだ。


 2013年11月

 

その169「友部正人リクエスト大会」前篇  
名前:シラフ    日付:2013/12/03(火) 14:39
 2013年 10月20日 日曜日
 東京は吉祥寺スターパインズカフェで行われた友部正人リクエスト大会ライブに行って来た。
 今回は4時開場、5時開演という早目の時間設定。
 リクエスト用紙に聴きたい曲を1曲だけ書く。あれこれ考え、今回は「どうして旅に出なかったんだ」を書いた。
 5時10分頃に友部さんが出て来てライブスタート。
 1曲目は新曲。これはリクエストとは関係ないと思う。
 その後、リクエスト用紙の入った箱がステージに運ばれ、友部さんがその中に手を突っ込んで用紙をつかみ、それを見てリクエストに応えて行く。リクエスト1曲目は「少年とライオン」。自分が友部さんを聴き始めた頃に発売されたアルバムに入っている曲。この歌の中に出て来る14歳の少年は友部さんの息子さんの小野一穂君の事。今では立派なシンガーソングライターで、結婚して子供もいる。月日が経つとはこういうことなのかと思う。
 他の人のリクエストが選ばれ次々と歌われるが、「その曲があったか!」と、言いたくなるくらい皆なかなかに良いリクエストをしている。70年代の曲ばかりではなく、2000年代に発表されたアルバムからもリクエストされていて、友部さんを懐メロシンガーにしてしまわないファンの姿勢が感じられた。前回の通常のライブの時は、ライブ中にトイレなどで席を立つ人の数が、昔の曲の時よりも新曲や最近のアルバムに入っている曲をやっている時の方が多かった。それに対して自分は、「今の友部正人に興味がないなら家でCDでも聴いてりゃいいのに」と憤っていた。友部さんは現役なのだから聴きに来る客も現役のリスナーであるべきだ。
 続く。


 2013年10月

その168「Theピーズはブルース」  
名前:シラフ    日付:2013/11/03(日) 09:06
 7月に久々にTheピーズのライブを見て、ピーズはいいなあと改めて思った。
 その日以来、ピーズが活動再開をしてからのアルバム3枚(Theピーズ、アンチグライダー、赤羽39)を携帯プレーヤーに入れて聴いている。前から何となく思っていたことだが、Theピーズの歌はブルースであると確信した。活動再開後のアルバムを聴くと特にそう思う。曲調は全然ブルースではなく、どちらかというとパブロックに近いのだが、歌詞というかその歌の視点がブルース。良い事ばかりは歌わず、常に等身大の自分を歌う。どうにもならないことの方が多い世の中や、その中で生きる自分を、ユーモアを交えてカラっと歌い飛ばす(時々はジメっと歌う)。そこに、「それでも」と、ほんの少しの希望というか願いを残す。そこに強く魅かれるし、それがブルースなのだと思う。
 大きなことは歌わない。世界平和は願わない。身の丈を知っている。
 昔は、「身の丈を知る」とか「身の丈に合った」とかいう言葉が嫌いだった。「どうせ駄目なんだからあきらめろ」と言われているようで嫌だった。でも、それはそういう意味ではなく、「自分の中にないことをやってもそれは嘘だよ」ということなのではないかと思うようになった。落語に触れるようになってから知った言葉に「人(にん)に合わない」というのがあるが、それもそういうことなのだと思う。
 だからTheピーズの歌にはブルースを感じる。
 自分も身の丈に合った歌を歌い続けたい。


 2013年10月

その167「ノーコメントbyゲンスブール」  
名前:シラフ    日付:2013/10/01(火) 15:07
 1991年に死去したフランスのミュージシャン、セルジュ・ゲンスブールのドキュメント映画「ノーコメントbyゲンスブール」を見た。
 自分がゲンスブールを知ったのは死んだ後だった。友部正人のライブを見に行った時、ライブ中に友部さんがそのことに触れ、作ったばかりの「ゲンスブールの心臓」を歌ったことでそういうミュージシャンがいるということを知り、興味を持って二枚組のベストCDを買ったのだった。最初はどの曲も「エマニエル夫人」の主題歌みたいな感じがしてあまり印象に残らなかったが、何度か聴くうちにその良さが分かってきた。そして、その人間性も知るとますます好きになった。
 何かと話題を振りまくスキャンダラスな音楽人生。二枚目でなくても色々な女性と浮名を流し、テレビで紙幣を燃やしてみせたり、フランス国家をレゲエ調にアレンジして歌って右翼に狙われたり。
 好きになると何かと真似してみたくなるもので、レペットというメーカーの靴を素足で履いていると知り、靴屋で探してみたこともあった。でも、それは真似しなくて正解だった。
 映画は、過去の映像と、この映画の為に撮られたであろう少しのイメージシーンとで構成されている。この映画の為に撮られた関係者による新たなコメントというのはなかった。過去の映像の中には自分が以前レーザーディスクや輸入ビデオで購入したゲンスブールの記録映像集に納められているものもあった。
 自分がこの映画で一番期待していたのはゲンスブールが死んだ時のフランス国内の様子だった。以前読んだ本によると、ゲンスブールの死去のニュースが流れた時のフランス国内の動揺は凄まじく、追悼の儀には数万人が集まり交通規制が敷かれ、そして、それを冷静に伝えなければならないはずのいい歳をしたジャーナリスト達が人目もはばからず涙を流して悲しんでいたという。この映画でそのシーンが取り上げられるかなと思っていたが残念ながら見られなかった。
 それは残念だったが、見たことのない映像も沢山見られたし、ゲンスブールのメロディメーカーとしての才能も再確認できたから良しとしたい(後、かなりのヘビースモーカーぶりも)。


 2013年9月

その166「歌の延長ではなく」  
名前:シラフ    日付:2013/09/04(水) 21:34
 2年くらい前から詩の朗読、ポエトリーリーディングをやるようになった。それまでは興味がなかったし、効率が悪い表現だとも思っていた。朗読をするよりも曲をつけて歌にしてしまった方が言葉をより遠くに飛ばせるからそっちの方がいいに決まっていると思っていたからだ。だからミュージシャンが朗読をやることには否定的だった。
 一時期、友部正人が朗読にはまり、ライブの途中で朗読コーナーを設け、自作の詩や自身のエッセイなどを朗読していた。自分は、歌を聴きに来たのに朗読をやられるのが嫌で、アンケートに「朗読をするなら朗読のみのライブを作ってそっちでやってほしい」と書いた覚えがある。
 そんな自分が朗読を始めたきっかけは落語だった。5、6年前から落語にはまり、立川流を中心に落語を見に行くようになった。そうすると落語家に憧れるようになる。自分がもう10歳くらい若くて音楽活動をやっていなかったら立川談志に入門志願をしていたと思う。
 そんなわけで落語家を目指すのは早々に諦めたが未練は残っていた。そんな時にふと朗読が思い浮かんだ。これなら落語の代わりになるのではないかと思い、朗読用の詩を書き、千葉のれすとらん邪夢のポエトリーリーディングに参加してみた。マイクに向かって朗読をするというのは、歌うことやMCで喋ることとはまた違った感じがしてなかなかに新鮮だった。
 それからは邪夢でポエトリーがある度に参加した。今は他店でもやるようになった。まだまだ上手く朗読出来ないが、参加する度に、これは落語に近づいているなという実感は持った。
 自分にとって朗読は歌の延長ではなく、落語に近づく行為だった。
 そして落語に近づきながらも、その経験が自分の音楽に反映されるような気がしている。
 そしたら自分の歌がもう少し成長するのではないかと思っている。


 2013年8月

その165「オース! バタヤン」  
名前:シラフ    日付:2013/08/11(日) 21:18
 歌手田端義夫ことバタヤンのドキュメント映画「オース! バタヤン」。特別ファンというわけではなかったが、立川談志も出ているし、この映画は見ておくべき映画なのではないかと思っていた。そしたら映画の公開を前にして田端義夫が94歳で死去。これは絶対見なければならないと思った。
 映画は、映画の撮影の為に行われることになった大阪鶴橋でのコンサートを中心に、昔の映像や写真、関係者のコメントで構成されている。冒頭でいきなり談志登場。そして鶴橋でのコンサート。司会の浜村淳が出て来て会場を温める。バタヤンの半生、鶴橋を第二の故郷と言う所以などをたっぷりと語ってバタヤンを呼び入れる。トレードマークとなったあのギター(噂ではクラプトンが1億で欲しがったとか)を胸の位置で構え、マイクの前で歌い出したら何故かグッと来た。まったく世代ではないから歌に思い入れなどないというのに。
 コンサート時、87歳のバタヤンは昔と変わらぬ立ち振る舞い、とはさすがにいかないよう。耳には補聴器のようなもの(イヤーモニター?)があり、演歌系の人なのに歌詞カードを見ながら歌っていた(字は大きく、コードも書いてあった)。客席に降りてお得意の童謡「赤とんぼ」を歌うも途中で歌詞が出て来なくなる一幕も。若い頃からさんざん歌って来たであろう「赤とんぼ」の歌詞すら出て来なくなったのには驚いた。所々で老いが見えてしまったが、それでも歌うバタヤンに人々は拍手や歓声を送る。
 大食で肉食、そして女好き。それは歳を取ってからも変わらなかったよう。奥さんはそれで苦労し、娘はおかげで男性不信になったとのこと。家族としてみれば大変だったろうが、こちらとしてはさすがと思ってしまう。愛人問題でマスコミに追われている時に「あなたの小指」という歌を出してしまうという懐の深さに感服。
 ラスベガスで29万ドルを当てた勢いで「バタヤンのツキツキ節」という歌を出したりと、レコード会社の商魂も凄いがそれに乗ってしまうバタヤンも凄い(でもあまり売れなかったよう)。
 映画の最後のインタビューシーンは多分鶴橋でのコンサートの後のものだと思うが、そこでバタヤンが言っていた、「これから本当の歌が歌えるような気がする」という言葉がとても印象に残った。
 

 2013年7月

その164「APRIL FOOL FOR YOU」後編  
名前:シラフ    日付:2013/07/07(日) 07:23
 大江はバンドを従えてやるのだろうと思っていたら大江もソロ。エレキを持ち、ライブタイトルにもなっているルースターズの曲「FOOL FOR YOU」から始めるも声が自信なげで小さい。ギターも危うい。やはりまだ体調は良くないのか、周りが煽ててやらせているのだろうかなどと思ってしまった。だが、2曲目の「Good Dreams」では声が大きくなり一安心。「ロージー」、「GIRL FRIEND」でだんだん調子が出て来て5、6曲目で完全にエンジンがかかった感じ。ギターはいい感じの時もあれば、ミストーンが出たり間奏でハラハラさせられたりと安定はしていなかった。
 英詞の「Case Of Insanity」を荒っぽく歌ったかと思うと、間奏の後に日本語で歌ったり、昔の曲をただそのまま演ったりしないところにやる気を感じる。
 そして、やはり自分はあの声に魅かれていたのだなということに気が付いた。やや張りはなくなっていたが、自分の数メートル先で歌っている人の声はCDで聴いていたあの声に間違いはなかった。洋楽カバーや英詞オリジナルの英語発音が日本語英語でもカッコ悪くないはあの声の魅力によるものが大きいのではないか。
 1時間ほどの本編を終えてアンコール。スタッフがもう1本マイクを用意するので向井と一緒にやるのだなと思っていたら大江が1人で出て来た。そのまま大江が1人で3曲歌う。そして、最後に向井を呼び入れ、2人で「Sitting On The Fence」を演奏。さすがに大江はヘタっていたけれどそれでも光るものがあった。華があった。
 ミュージシャンは、1人でも充分やれる人と、バンドでないと、誰かと一緒でないと自分の実力を発揮できない人がいると思うが、大江はどう見ても後者。ソロも悪くはなかったが、次はバンドで、ボーカリストとしての大江慎也が見てみたい。

 
 2013年5月


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