時ならぬ大雪が降りました。皆様のところは異状なかったでしょうか。鎌倉では風雪に耐えず八幡様の大銀杏が倒れてしまいました。
写歌様 >早苗葉のあえかにさやぐ峡小田を統べて豊けし越の山影
「越」すなわち北陸の山間部の稲田風景ですね。「さなえ」「あえか」「さやぐ」…と歌い継ぐ調べも美しく、雪深い土地が迎えた早苗の季節を歌い上げた讃歌。苗代に引かれた水も山の恵みで、あたり一帯の風物を「統べ」るかの如く聳え立つ山影が尊く偲ばれます。
海松純様 >千町田やなべて嬉しきなりはひに鍬打ち返すをちこちの音
広大な田園のあちこちから響いてくる、田畑を耕す鍬の音。農作業の始まりの時を詠む、しかも景色でなく音で、という着想がまず素晴らしいと思います。調べが美しく、鍬を打ち返す音も喜びに満ちて聞こえます。もとより農作業は厳しい労働でもありましょうから、「なべて嬉しき」には強引な印象を受ける方もおられるかも知れませんが、私は田作りの尊さに対する讃美の詞と受け取りました。
ゆゆ様 >棚田ゆきまた棚田ゆき青に染み不意に秋めく白鳳の風
飛鳥稲淵の棚田を思い出しました。棚田は平地の田と違って立体的なだけに、「青に染み」にはひとしお実感が籠もります。「白鳳の風」とはかつて采女の袖を吹き返した明日香風ですね。こう言い換えたことで、青と白の鮮やかな対比が生まれました。それによって「不意に」の語もより活きたようです。
深草様 >鶯の豊年を祝く声すなりまた雪深き春の小山田
小山田に鶯とは、ありそうでなかった取り合わせです。春の雪は豊年の前兆ゆえ、鶯の声を頌歌と聞いた、めでたい歌。一字一句あるべきところにぴったりとおさまって、ほめ歌はこうありたいものだと思います。
招き猫様 >涼風は稲の葉末におとづれて端山重山ふる蝉の声
大納言経信の「夕されば門田の稲葉おとづれて」を思い出させる上句ですが、御作は下句で遠景へ展開する点、むしろ本歌とは対照的な趣です。「端山重山」は風俗歌「筑波山」の「筑波山 は山しげ山 茂きをぞや…」から筑波連山を言う語。風にそよぐ稲田の末に聳える秀嶺、その背後にさらに厚く連なる山々に降りしきる蝉時雨。視線が遠景へ向かうに伴って、稲葉のそよぎから蝉の盛んな声へと音の風景が変わるところに面白みを感じます。晩夏から初秋の頃の筑波山麓の田園地帯の風趣これに尽きましょう。
ういろう様 >畑起きぬ陽籠むる土は黒々と匂ひ立てるよ雲雀やいづら
「畑を起こす」と言いますが、御作では畑を主語にして「畑起きぬ」と言って、やや強引ながら、目の醒めるような初句です。耕されたばかりの土が黒々と、陽のぬくもりを内に籠めたように匂い立つ。作物を育む土壌の力強く暖い生命力がまざまざと感じられます。結句は、その力を誉め讃える雲雀の声を待望する心かと読みました。大地を矢のように飛び立ち、光あふれる喜びの讃歌を大空へ運ぶ雲雀の歌を。
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