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花 莚

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百首題(まとめ) 例歌集 百人一首に唱和しよう(専用板まとめ





2873.雑の題詠「海」 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年11月17日(火) 20時
皆様、いつもご投稿ありがとうございます。前回の題にまだ歌が余り集まっていないのですが、二週間経ちましたので、取りあえず次の題をお出ししたいと思います。出題は今回を含め残すところ十一首となりました。
さて今回は「海」です。
余りにも茫漠とした題で、これまた難題でしょうか。
古歌では海路を詠んだ歌が多く、堀河百首でも「海」の題はなく、「海路」の題で詠んでいます。
王朝和歌では白波を花に喩えた歌などはたくさんありますが、海の大きさや激しさが詠まれることは殆どありませんでした。中で異色なのは、太平洋を日頃眺めて暮らしていた鎌倉将軍実朝、そして絶海の孤島隠岐に流された後鳥羽院の二人でしょう。

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2874.Re: 雑の題詠「海」
名前:ういろう    日付:2009年11月18日(水) 9時
夏の陽を溜むる潮に仰ぎ浸るいのちはたれのものにもあらず

お題に即していますでしょうか?
とりあえず投稿。

(11/18)
「ざり」の終止形はありませんでしたね。「ず」よりもソフトな響きが気に入って使ったのですが。今回は、あれ?あってもよさそうなのに、と感じてしまいました。


2875.Re: 雑の題詠「海」
名前:写歌    日付:2009年11月18日(水) 9時
もののふの歌碑の背向に伊豆の陸(くが)黒く浮かびて冬の海光る

十国峠にある実朝の歌碑の前からの景観を詠んだものです。


2876.Re: 雑の題詠「海」
名前:水垣    日付:2009年11月19日(木) 9時
ういろう様
御作、「海」の題によく適っていると思います。
「ざり」ですが、近代以後は終止形を用いた例がよく見られるようです。

 書よみて智慧売る子とは生れざり蛇のうすぎぬ価ある世よ(恋衣、山川登美子)
 はたらけど/はたらけど猶わが生活楽にならざり/ぢつと手を見る(一握の砂、石川啄木)

今の文語体短歌ではたぶん普通に使われているのではないでしょうか。


2877.Re: 雑の題詠「海」
名前:ういろう    日付:2009年11月19日(木) 23時
>水垣様

御返答ありがとうございました。
「ざり」の終止形は、そうですね、啄木の歌がありましたね。この歌が頭に残っていたのだと思います。
言葉は時代によって変わり行くものですから、そのことを丁寧に汲み取りながら使えるようになりたいものです。
先案では歌末の語感に注目していましたが、三句にも字余りがあることに気づきまして、改訂案でとどめておきます。わたしは何故か字余りのリズムに心惹かれる癖がありまして、無意識のうちに、すきあらば字余りに落ち着かせてしまおうとするようです。

2872.雑の題詠「野」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年11月14日(土) 0時
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まとめ(敬称略)
手入れよき葡萄の小枝に春の雨シチリアの野に豊穣あれかし 写歌
色うつる鶉衣に露落ちて心は上の深草の空 海松純
忘れ得ぬくれなゐ競ふ飛火野のたそかれ時はなほ忘れ得ぬ ゆゆ
わかために衣うつらむ旅出して遠里小野のさむき夜な夜な 深草
黄沙ふる野の果て山も見えわかず蝕まるるごと日は沈みゆく 水垣
人知れぬ小野ぞ優しき草の香に心ほろほろ鳥と放たる ういろう

2863.雑の題詠「橋」 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年11月3日(火) 23時
皆様、いつもご投稿ありがとうございます。出題は今回を含め残すところ十二首となりました。
今回は「橋」です。
宇治橋、長柄の橋、真間の継橋、佐野の舟橋など、橋の名所歌枕は各地にあり、橋の歌は多く詠まれてきました。堀河百首にも雑部に「橋」の題があります。
恋歌に好んで詠まれたのは、隔絶された二地点を結ぶものであるという橋の本質からでしょうか。霧や霞との取り合わせなども好まれた趣向でした。

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2866.Re: 雑の題詠「橋」
名前:写歌    日付:2009年11月7日(土) 23時
わびぬれて空ながむれば虹の橋君が住む辺に渡り入るなり


2868.Re: 雑の題詠「橋」
名前:水垣    日付:2009年11月12日(木) 22時
ふむ跡をさらに降りしくもみぢ葉の深まる秋の山のかけはし

2860.春の題詠「落花」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月31日(土) 22時
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まとめ(敬称略)
散ればまた見んため惜しき命かな花ゆゑ入りし山ならねども 樂々
来む春の盛り祈るや神垣に花はみつから幣とこほれて 深草
香をさそふ風に散りゆく花わびてやはらにひかる春のかげかも 招き猫
春風のすさぶまにまに散りまがふ花こそ知らね飽かぬ別れを ういろう
散らばこそかかるめでたき桜川流れ行く瀬の花のゆかしさ アゲハ
いかづちの空の乱れに散る花や水隈に白く弁の畳なはる 写歌
小夜更けて風鳴る庭に咲きちらふ梅のにほひを文に染めつる 黒葛
音はせで花に流るるいささ瀬の汀にとまる色ぞすくなき 修学院
吹きまよふ下風花の香に染みて枝をかれゆく天の羽衣 海松純
しめやかに花降る夜の雨宿り桜老樹の下にて独り 水垣



2871.Re: 春の題詠「落花」2
名前:水垣    日付:2009年11月14日(土) 10時
樂々様
>散ればまた見んため惜しき命かな花ゆゑ入りし山ならねども

花を惜しむ、ただその心ゆえにこそ惜しまれる我が命。出家者も、花の季節は風狂の人。西行の忘れ難い一首「うちつけにまた来む秋の今宵まで月ゆゑ惜しくなる命かな」の月を花に移した歌とも言えましょう。


深草様
>来む春の盛り祈るや神垣に花はみつから幣とこほれて

「社頭花」などの題で、神社の御垣に咲き散る桜を詠んだ例は少なくありませんが、落花そのものを幣(神への捧げ物)と見たのはハッとさせられる発想です。古人は桜が散ることを「根にかへる」と言いました。惜しみない落花は、より豊かな未来への祈りなのですね。


招き猫様
>香をさそふ風に散りゆく花わびてやはらにひかる春のかげかも

「香をさそふ」は梅について言われた常套句ですから、この「花」は梅と見るのが和歌の常識となりましょうか。春の光のやわらかさを、風のまにまに散る花を哀れがっての思いやりと見た、艶に優しい情趣の歌。


ういろう様
>春風のすさぶまにまに散りまがふ花こそ知らね飽かぬ別れを

散り乱れる花の美しさと哀しみと。人は花との「飽かぬ別れ」に万感迫る思いをしますが、花はそんな心を知るよしもない。いや知るよしもないからこそ別れはひときわ美しく悲しいのでありましょう。


アゲハ様
>散らばこそかかるめでたき桜川流れ行く瀬の花のゆかしさ

「桜川」は常陸の国の歌枕。落花の季節は、文字通りの桜川となって花を流す。やがて川下へ見えなくなってゆく花びらたち。その行方がことさらゆかしいのも、めでたき名の歌枕ゆえでしょうか。


写歌様
>いかづちの空の乱れに散る花や水隈に白く弁の畳なはる

春雷と落花の取り合せは珍しく、豪快な趣向ですね。「水隈(みぐま)」は早く万葉に見える語で、水流が岸に入り込んだところ。「畳なはる」も古代の響きを持った語で、重厚に一首を結んでいます。


黒葛様
>小夜更けて風鳴る庭に咲きちらふ梅のにほひを文に染めつる

こちらも梅の落花。「文(あや)」という語は、「春の夜の闇はあやなし梅の花…」からの連想でしょうか。あるいは袖の綾に染めたということか、よく判りません。


修学院様
>音はせで花に流るるいささ瀬の汀にとまる色ぞすくなき

「いささ瀬」は古歌に「いささ川」「いささ小川」などとあるのから、ささやかな小川の瀬をこう呼ばれたものでしょう。あるいは前例のある語かも知れませんが、ともあれ響きの美しい詞ですね。音も立てないほどの細流は、淀みがなくて、水際にとまる花は少ない。小川のほとりで、流れゆく花を惜しむ、風雅の人の心が偲ばれます。


海松純様
>吹きまよふ下風花の香に染みて枝をかれゆく天の羽衣

新古今に崇徳院御製「山たかみ岩根の桜ちる時は天の羽衣なづるとぞみる」がありますが、御作は枝を離れた瞬間の花の群れに天人のかろやかな白衣を幻視したのですね。におやかな羽衣はほんのひととき舞って、またたく間に風に消えたことでしょう。

2859.春の題詠「苗代」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月31日(土) 22時
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まとめ(敬称略)
ひきてせく苗代水のいかなれば過ぎゆく春をとどめかぬらん 樂々
苗代に広ごる青き水影を風は戯ひてささめきにけり 写歌
今年また何を唄はん夕暮れの苗代道を帰る早乙女 海松純
大沢の風になびきて色まさる早苗のすえにひとむらの雲 修学院
蛙鳴き雨けふるなり苗代の水口まつる賎にこたへて 深草
水口の幣の小枝の白つつじ今日ささやかに田の神迎ふ 水垣



2869.Re: 春の題詠「苗代」2
名前:水垣    日付:2009年11月12日(木) 22時
推敲しました。

田の神は小さき神か白つつじ幣のさ枝をよりしろにして


2870.Re: 春の題詠「苗代」2
名前:水垣    日付:2009年11月13日(金) 0時
樂々様
>ひきてせく苗代水のいかなれば過ぎゆく春をとどめかぬらん

水を「引き」入れて「堰く」という苗代の性質を生かして、惜春の情につなげた、手練の作。水の流れと対比して、時の流れの止め難さに対する感慨がふつふつと湧きます。


写歌様
>苗代に広ごる青き水影を風は戯ひてささめきにけり

苗代を作る頃は春から夏への移行期で、風は清らか、空は青々と美しい季節ですね。そんな季感を、苗代を舞台にさわやかに描き出した歌。空と風と水が戯れ合い、楽しげに話を交わしているかのようです。


海松純様
>今年また何を唄はん夕暮れの苗代道を帰る早乙女

苗代作りを終えて、夕暮の道を帰り始める早乙女たち。労働などから解放された時、気の向くままに口吟まれる歌というのは、表立って唄われる歌とはまた違った良さがあり、聞き惚れてしまうものです。夕暮れ、水の張った苗代の傍らの道という舞台がひときわ慕わしく。
王朝人たちも、山人が帰り道に口吟む歌などを楽しんで聴いていたようですね。定家の「帰る小坂の夕暮の歌」なども思い合わされます。


修学院様
>大沢の風になびきて色まさる早苗のすえにひとむらの雲

早苗が風に一斉になびき、その色がひとしお青々と見える。その上の空には、ひとむらの白い雲がぽっかりと浮かんでいる。青と白の対比に、晩春の画趣を感じます。「大沢」という歌い始めがまた爽やかさを際立たせているようです。
樂々様のご指摘は、苗代に移されたばかりの早苗は丈が低いので、「苗代」の題で早苗を詠む場合、「早苗のすえに…」という表現にはやや無理があるのではないか、ということですね。風雅集の後伏見院詠は夏歌ですから、早苗と言ってもかなり丈が伸びているのでしょう。「子どもたちを早苗に重ねて、彼らの未来を夏の雲に感じた」お心を表すためには、全く別の歌に作り変えなくてはなりません。


深草様
>蛙鳴き雨けふるなり苗代の水口まつる賎にこたへて

水口まつりとは、苗代の水口に花の枝などを挿し、御神酒を供えるなどして田の神を迎える行事。今も風習を伝えている地域があるようですね。神へのお供えをして、寿詞を唱える農民に応えるように、さっそく苗代では蛙が鳴き、雨がけぶっている。蛙と雨は生殖と豊饒のシンボル、今年の豊作を約束してくれているかのようです。
「賎(しづ)」という用語について樂々様から疑問視するご意見がありました。貴族の立場に身を置いて詠まれているゆえの詞遣いで、古来の和歌の正統を踏まれているのでしょう。私なら「民」という語を遣ったと思います。

2847.雑の題詠「野」 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月21日(水) 11時
「野」は、おおよそ自然のままにまかされた、広々とした土地です。春日野・嵯峨野など、山裾のゆるい傾斜地を言うことが多かったようですが、武蔵野のように平らな原野も「野」と言いました。
和歌では狩猟の地として、あるいは旅宿の地として、あるいは若菜摘みなどの遊興の地として等々、さまざまに詠まれています。
例歌集へのリンク



2849.Re: 雑の題詠「野」
名前:写歌    日付:2009年10月25日(日) 9時
手入れよき葡萄の小枝に春の雨シチリアの野に豊穣あれかし


2851.Re: 雑の題詠「野」
名前:海松純    日付:2009年10月26日(月) 13時
色うつる鶉衣に露落ちて心は上の深草の空


2852.Re: 雑の題詠「野」
名前:ゆゆ    日付:2009年10月26日(月) 17時
忘れ得ぬくれなゐ競ふ飛火野のたそかれ時はなほ忘れ得ぬ


2854.Re: 雑の題詠「野」
名前:深草    日付:2009年10月30日(金) 23時
わかために衣うつらむ旅出して遠里小野のさむき夜な夜な


2856.Re: 雑の題詠「野」
名前:水垣    日付:2009年11月14日(土) 0時
黄沙ふる野の果て山も見えわかず蝕まるるごと日は沈みゆく


2861.Re: 雑の題詠「野」
名前:ういろう    日付:2009年11月8日(日) 7時

改訂いたしました(11/8)

人知れぬ小野ぞ優しき草の香に心ほろほろ鳥と放たる


ちょっと歌作からは遠ざかっています。申し訳ありません。

2846.雑の題詠「川」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月20日(火) 23時
スレッド1

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まとめ(敬称略)
白砂にひとみち浅き水ながれ小さき川よ海に至れる 水垣
昨日までなぎの水面と興づるをいつか流るる明日香川かな ゆゆ
何方に着くかと問へは果てもなし楽しくつらきわかひと世川 深草
せせらぎの果てに海原はるけくもいづこ限りぞ流るるあが日 写歌



2850.Re: 雑の題詠「川」2
名前:海松純    日付:2009年10月26日(月) 13時
遅くなりました。

空蝉の同じ我が身と水無瀬川浅瀬の水脈にうつるもみぢ葉


2853.Re: 雑の題詠「川」2
名前:ゆゆ    日付:2009年10月26日(月) 17時
こんにちは〜!
水垣様、お返事ありがとうございます。
来年と言っても、来年半ばですので、まだ時間があります。
今のうちに関西で心残りの所々へしつこく訪れまくろうと思っています!
関東に山が無いというのは、時々、東京などを旅行した時に感じました。
それに道でも何でも広いし大きいですね。関東平野を遺憾なく使ってますね〜。

ところで、水垣様のお作ですが、最初小さな視点から最期に
のびやかに大きく広がっていますね。
清廉な流れがやがて海へと続く川そのものが爽やかに想像できました。
ではでは、私もがんばって作って行こうと思います〜。


2855.Re: 雑の題詠「川」2
名前:水垣    日付:2009年10月31日(土) 22時
ゆゆ様
拙作に感想ありがとうございます。
私は鎌倉に住んでいるのですが、山が海のすぐそばまで迫っているような地形なので、小さい川が小さいまま海へ流れ込んでいます。それを見て妙に感動したことを思い出して、歌にしたのです。ご感想を拝見すると、そうした思いが伝わってくれたようで、大変嬉しいです。


2862.Re: 雑の題詠「川」2
名前:ういろう    日付:2009年11月3日(火) 0時
谷川の岩越す波は砕けてぞ常にも全き玻璃の細工や


酔いに任せて。


2864.Re: 雑の題詠「川」2
名前:水垣    日付:2009年11月5日(木) 1時
ゆゆ様
>昨日までなぎの水面と興づるをいつか流るる明日香川かな

「きのふの淵ぞけふは瀬になる」と古今集に詠まれた明日香川。御作は、昨日の《凪》から今日の《流れ》への変化に興趣を見出しています。本歌との対比で面白みを増す歌ですね。
「なぎの水面と興ずるを」までは調べよく流れています。下句も悪くないと思いますが、やや穏当に過ぎ、盛り上がりに欠けることが惜しまれます。例えば、

 昨日までなぎの水面とながめしを今日は早瀬の明日香川波

などとすれば、下句でスピード感が出、前半との対照がより生きるでしょうし、また、川のイメージの喚起力が少し強まりはしないでしょうか。
一首の趣意をより生かす工夫の余地はまだまだあると思います。改作の一例として、ご参考までに。


深草様
>何方に着くかと問へは果てもなし楽しくつらきわかひと世川

ひとすじの川の流れを人生に重ね、果ては知れないけれども、楽しいこともあれば辛いこともあるに違いないと、その行末を遥かに思う。「わがひと世川」は「わが一世(人世)」に歌枕「一夜川」を掛けて、一首の趣意を巧みにまとめた結句です。


写歌様
>せせらぎの果てに海原はるけくもいづこ限りぞ流るるあが日

やがて大河となり海原に注ぎ込む小川と対比して、己が生の行く末を思いやる。「はるけくも」には空間的な意味と時間的な意味が重なり、また上句から下句への結節を担って、重厚たる腰の句です。つづく「いづこ限りぞ」へと、一気に盛り上げてゆきます。


海松純様
>空蝉の同じ我が身と水無瀬川浅瀬の水脈にうつるもみぢ葉

「水無瀬川」に「見(あるいは「見なし」)」を掛け、川の浅瀬に映っている紅葉と、それを眺めている我が身を「空蝉の同じ」ものと観じている。「うつる」は「映る」の意に「移る」すなわち葉が衰え散りゆくことも暗示して、無常の心を深めています。物の像を映すという川の一つの本意から、意表を突くような発想に、目をみはる思いです。
細部では、「浅瀬の水脈」が少し気になりました。「水脈」は舟の通り路で、水深が深くなっているところを言うのが普通です。ここで「水脈」という語を使う必然性があまり感じられません。それと、紅葉を「我が身」同じと見なすよりも、我が身紅葉と同じと見なす、とした方が情趣はまさるのではないでしょうか。

 空蝉の身は同じきと水無瀬川浅き水面にうつるもみぢ葉

という改作例を考えてみましたが、調べが今一ですね。第四句は「浅き鏡に」なども考えてみました。
我が身も紅葉とともに水面に映っている、とすれば、さらに深みが出るでしょう。


ういろう様
>谷川の岩越す波は砕けてぞ常にも全き玻璃の細工や

岩に砕ける水を硝子細工に見立てる、という発想に驚きます(玻璃には水晶の意もありますが、どちらにしても)。しかし、スローモーションの映像で見れば、確かに砕け散る硝子によく似ていますね。硝子と違うのは、水はすぐもとに(ひとつに)戻るということで、まさに「常にも全き」もの。水という存在の面白さに改めて気づかせてくれます。川を流れる水の美しさを、意想外の着眼から際立たせた一首とも言えましょう。


2865.Re: 雑の題詠「川」2
名前:海松純    日付:2009年11月5日(木) 21時
>水垣様

おっしゃるとおり、しっくり来ないなと思いつつ、こうなった感覚がありますね。ここで「水脈」はまずいかな、と思うと、やはり本当にまずいものです。また新たな機会に同じ情趣で詠んでみます。ありがとうございます。


2867.Re: 雑の題詠「川」2
名前:ゆゆ    日付:2009年11月9日(月) 23時
こんばんは〜!
水垣様、私の歌にご感想をありがとうございます!
勢いのままに投稿しちゃったわりに穏やかな気持だったので、
あんな風になりました;
自分でも聞こえ方があまり美しくないなあと思いました。
確かに水垣様の改作だとスピード感がでますね〜。
もっと落ち着いて考えないとダメですね。精進精進。

2806.春の題詠「春曙」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月20日(火) 15時

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まとめ(敬称略)

あけほのを松か根枕立ちて見む色音かすめる須磨の浦なみ 深草
しろたへのひれかとぞ見る遠つ人松浦の山の花の曙 樂々
曙の橋立の浦赤らびてか黒に小さく浅蜊舟みゆ 写歌
夜をこめて花は袂をよそふとも枕より見る春のあけぼの 海松純
夢のうちに明くる眺めや花霞匂ひ立ちたる曙の空 ういろう
 源氏物語「野分の帖」にこころはせて..
曙のかすみの間より咲きにほふ嵐のあとの白き花影 修学院
伊豆の海や霞にねむる島影も乙女椿のあけぼのの色 水垣



2813.Re: 春の題詠「春曙」2
名前:水垣    日付:2009年10月20日(火) 15時
深草様
>あけほのを松か根枕立ちて見む色音かすめる須磨の浦なみ

須磨で野宿し、夜を明かした旅人の立場で詠まれた歌ですね。白砂青松の歌枕で、待ちに待った春の曙を迎え、今まさに起き上がろうとしているところ。「立ちて見む」は沖合いまで眺めようとの心でしょう。波の色も、その音も霞んで、旅の愁いも忘れる美しさ。松に「待つ」を掛け、「立ち」は波の縁語と、巧緻に作られていますが、まさに春曙の浦波のように閑雅なしらべです。


樂々様
>しろたへのひれかとぞ見る遠つ人松浦の山の花の曙

東の空が白み始めると同時に、山の端で真っ白な領巾のようにひらめく山桜。領布を振って恋人との別れを惜しんだ松浦佐用姫に寄せて、舞台を松浦の山(領巾振山)に借りた一首ですね。「遠つ人」は松浦の枕詞で、全体の歌意には関わらないのですが、この腰の句があることで、一首にしっかりとした安定感を与えています。長嘯子に類想の歌があり、「ひれふるや心つくしのながめよりつれなき花を松浦さよ姫」。


写歌様
>曙の橋立の浦赤らびてか黒に小さく浅蜊舟みゆ

朝焼けの海面の赤と、そこに浮かぶ浅蜊舟の影の黒。浅蜊を採る舟はささやかな上にもささやかな小舟でしょう。色の対比ばかりでなく、橋立と小舟の大小の対比も興趣深く感じます。


海松純様
>夜をこめて花は袂をよそふとも枕より見る春のあけぼの

歌の話主(主人公)がどのような状況にあるのか、なかなか見えて来ないのですが、何度か読み味わううちに、じんわりとイメージが浸透してくるような感じはします。夜の間もあけた窓から吹き込んで来る桜の花。花びらが寝ているひとの袂を飾り、それを払おうともせぬまま迎える曙。春曙の耽美的な気分がよく出ていると思います。


ういろう様
>夢のうちに明くる眺めや花霞匂ひ立ちたる曙の空

夢とうつつのはざま、あるいは二つが重なり合ったかのような景を描き、春曙の耽美的な情趣に心地よく酔わせてくれます。「明くる」と「曙」の重複は、最初あまり気にならなかったのですが、どちらかを削ればその分材料が足せることを考えると、やはりもう一押しできる作品ではないかと、少し惜しまれました。


修学院様
> 源氏物語「野分の帖」にこころはせて..
>曙のかすみの間より咲きにほふ嵐のあとの白き花影

夕霧が紫の上を垣間見る名高い場面、「気高くきよらに、さとにほふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す」の本説取りですね。源氏物語ではその直前、野分が秋の花々を吹き乱した状景が趣深く描かれています。御作は野分ならぬ春の嵐のあとのこととして、そこが見所になるべきところでしょうが、「咲きにほふ」と言うことは、「白き花影」は散っていないわけですね。ということは、夜の嵐に耐えて、なお「咲きにほふ」曙の桜を讃嘆する心を詠もうとされたのでしょう。

2843.雑の題詠「山」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月20日(火) 13時
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まとめ(敬称略)
地の極み虚空に迫る群山のヒマラヤ襞のかげ神さびつ 写歌
後のため守りぬくへし四方にまた辛くも残る清さみつ山 深草
つくばねのははそがもとの思ひねに去年とも同じ秋の夕暮れ 招き猫
片付けばなほとほしろき丈姿月より高くそびく山の端 海松純
むさくろし武蔵野育ち常に見る夢の瑞山いつ見し山か 水垣



2844.Re: 雑の題詠「山」2
名前:水垣    日付:2009年10月20日(火) 16時
写歌様
>地の極み虚空に迫る群山のヒマラヤ襞のかげ神さびつ

「ヒマラヤ襞」は今ネットで検索して初めて知りましたが、神秘的で非常に美しいものですね。御作は、おそらく実際に眺めての詠でしょうか。映像で見るだけでも感動はしますが、このように迫力ある歌はとても出来ないでしょう。私には口出しの出来ないような御歌ですが、敢えて申し上げれば、「群山」は「むらやま」と読みたくなく、「ぐんざん」とルビを振りたいところだと思いました。


深草様
>後のため守りぬくへし四方にまた辛くも残る清さみつ山

世情の変化と共に、里山のかけがえのなさが少しずつ認められるようになって来たようですね。日本の長い歴史の変遷を思えば、《清さ満つ、みづ山》が「辛く」でも四方に残っているのはまことに有り難いことで、まずそれだけは何とか守ってゆきたいものです。


招き猫様
>つくばねのははそがもとの思ひねに去年とも同じ秋の夕暮れ

筑波山麓の故郷に一年ぶりに帰って来た人が、母のいる家で、木陰のような安らぎを感じつつ臥せっている。「思ひね」は古歌では恋しい思いを抱いて寝ることを言う場合が多いのですが、ここは「ははそがもとと思ひね」の意と取れ、去年と同じく満ち足りた安心感のうちに過ごす秋の夕暮を詠まれたのだろうと私には解されました。関東平野の真ん中で育った私には、ふるさとと仰ぐ山を持つ人が羨ましくてなりません。


海松純様
>片付けばなほとほしろき丈姿月より高くそびく山の端

「片付く」は、万葉集などに「山片付きて」などとあるのに由るのでしょう。「ぴたりと接する」程の意ですね。接近すれば接近するほど、ますます「とほしろき」(安易に訳したくない語ですが、普通は「壮大な、雄大な」などと解されます)山の姿。空の高いところに見えていた月は、近づくにつれ、その背後に隠れてしまう。「月より高くそびく」とは妙絶たる表現です。


2845.Re: 雑の題詠「山」2
名前:写歌    日付:2009年10月20日(火) 21時
水垣様
 ご意見ありがとうございました。確かに、大和言葉の「むらやま」から受ける一般的なイメージと異なりますので、群嶺とか、群峰とかの漢語の方が良いかもしれません。よい漢語が見つかるのを楽しみに、ともかく今はこのままにしておきます。
 投稿に際し、自分が撮った「ヒマラヤ襞」の写真を添付しようかとも思いましたが、水垣様がご覧になったインターネットの写真の方が鮮明であったことと、短歌以外のものを付けて投稿することを憚りまた。
 しかし、詠歌の背景を知って頂きたく、写真を掲載しているブログを
ここに書かせて頂きます。




http://shakashuu.blog25.fc2.com/


2848.Re: 雑の題詠「山」2
名前:水垣    日付:2009年10月21日(水) 0時
写歌様、お返事ありがとうございます。
万葉集に「大和には 群山あれど」などとあり、「むらやま」と言うと、ヒマラヤのイメージからは離れてしまうようで、ちょっと気になりました。「郡嶺」などもなかなか良い詞ですね。
貴ブログへのリンクもありがとうございます。機窓からの眺め、さぞ迫力があったことでしょう。私はグーグル検索で最初に出て来たサイトの写真を拝見したばかりでした。

2833.雑の題詠「川」 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月7日(水) 1時
皆様、いつもご投稿ありがとうございます。出題は今回を含め残すところ十四となりました。
今回のお題は「川」です。
ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。山では急流となって駆け下り、野ではゆるやかに蛇行して流れ、日照りが続けば水無川となり、雨が続けば濁流となり――川は変転極まりない自然の相を常に見せてくれます。私たちはそんな川の姿に、人の世やおのれの人生を投影して眺め、歌にして来ました。またかつて川は交通・運輸の大動脈であり、飲食物の重要な供給源であり、人々の生活に最も密着した自然であったとも言えましょう。
王朝時代の和歌では、紅葉を流す川、桜の花を映す川など、もっぱら季節の風物として川が詠まれます。川そのものの本意がよく詠まれているのは、万葉集や近世以降の和歌ということになると思います。
今回から、例歌はここに掲げず、例歌集へのリンクをはることに致します。



2837.Re: 雑の題詠「川」
名前:水垣    日付:2009年10月15日(木) 15時
白砂にひとみち浅き水ながれ小さき川よ海に至れる


2838.Re: 雑の題詠「川」
名前:ゆゆ    日付:2009年10月15日(木) 15時
水垣様、皆様、ご無沙汰しております。
相変わらず突然出現して申し訳ありません。
早速ですが、二首ほど投稿してみたいと思います。

昨日までなぎの水面と興づるをいつか流るる明日香川かな

せになりてふちとなりつつ武蔵野に入るまの川を君と渡らん

実は来年、なんと関東に引っ越す事になりました。
私の愛する世界一美しい奈良を離れるのは少し寂しいのですが、
長い人生にはそんな時もあるのでしょう。
関東にも良い所が沢山あるでしょうし、楽しみにしております。
上のように詠んでしまいましたが、実際の入間川は大変穏やかそうな
流れのようですね…。失敗したかな(^-^)


2839.すみません!
名前:ゆゆ    日付:2009年10月15日(木) 16時
ごめんなさい。一人一首まででしたよね。
では、明日香川の方だけ投稿という事でお願いします。
本当にすみません。


2840.Re: 雑の題詠「川」
名前:深草    日付:2009年10月16日(金) 6時
何方に着くかと問へは果てもなし楽しくつらきわかひと世川


2841.Re: 雑の題詠「川」
名前:写歌    日付:2009年10月19日(月) 9時
せせらぎの果てに海原はるけくもいづこ限りぞ流るるあが日


2842.Re: 雑の題詠「川」
名前:水垣    日付:2009年10月19日(月) 23時
ゆゆ様、お久しぶりです。ご投稿ありがとうございます。
入間川の御歌も惜しいですが、明日香川の方を残されるとのこと、諒解致しました。

明日香川流れる奈良より、入間川流れる関東に引っ越されるのですね。
武蔵野はなにしろ山がなくて、奈良の方にはちょっと寂しいのではないかと心配です。
もちろん関東にも良い所はありますよ。どうか滞在の日々を楽しまれますように。

2808.雑の題詠「獣」2 返信  引用 
名前:水垣    日付:2009年10月7日(水) 0時
スレッド1

改稿や新たな投稿、感想・評などは、このスレッドの「返信」にてお願いします。

まとめ(敬称略)
草を喰む山羊と差し向かふ汝はただ我が眼の奥の我を読むらむ ういろう
闇に鳴る猿の渡りの木々の声影こそ見えね神さぶる杜 海松純
再びの呼ぶ声に覚め老い犬は日向にいできぬ冬庭の朝 写歌
「待て」の間を堪ふる小犬の牙の間ゆこぼるるよだれ朝日子に照る 水垣
三さけひを千たひ八千度夜のさる誰もこすゑにつまや恋ふらむ 深草



2832.Re: 雑の題詠「獣」2
名前:水垣    日付:2009年10月7日(水) 0時
ういろう様
>草を喰む山羊と差し向かふ汝はただ我が眼の奥の我を読むらむ

草食動物、ことに山羊など牛の仲間の眼は非常に穏やかですね。人と人が視線を合わせた時はどうしても腹の探り合いになりがちですが、動物と見つめ合う時はそんな必要がない。その静かな瞳に映る自分は職業も年齢も世のしがらみも無縁に存在している。人と動物の一瞬の交流を捉えて、私には大変共感できる魅力的な歌です。


海松純様
>闇に鳴る猿の渡りの木々の声影こそ見えね神さぶる杜

初めは猿の鳴き声を詠んだ歌かなと思って読み進むとさにあらず、「闇に鳴」っているのは猿が渡る時に激しく撓う「木々の声」だったのですね。闇夜に山から聞こえる音というのはそれだけでも神秘的な感じのするものですが、神の使者ともされた「猿の渡り」の響きには凄みが感じられ、目に見えない「神さぶる杜」のイメージが迫力をもってせまって来ます。


写歌様
>再びの呼ぶ声に覚め老い犬は日向にいできぬ冬庭の朝

一度目に呼んだことを略し、いきなり「再びの…」と始められたところがまず味を生んでいます。なにげない日常の一場面ですが、老犬ののっそりとした動きまで目に見えるようで、またそれを眺める飼い主の愛情もほのぼのと感じられます。それもこれも省略の効果と無縁ではないでしょう。


深草様
>三さけひを千たひ八千度夜のさる誰もこすゑにつまや恋ふらむ

「三さけひ」は漢詩に「巴猿三叫」などとあるのに由るのでしょう。野生の猿の鳴き声を私は実際に聞いた憶えがないのですが、朗詠集には「夜雨聞猿断腸声」などとあり、昔から人に激しい悲しみを感じさせる声だったようですね。しかし御作の狙いは深刻さでなく面白みにあるようで、孤猿の悄然たるイメージにも、私はどことなくユーモアを帯びたペーソスを感じました。


招き猫様
>八千矛の鼠うつつのつつがなる身の形代となりにけるかも

八千矛(大国主)と鼠と言えば、根の堅洲国での試練で、八千矛が鼠に救けてもらう話がよく知られていますね。しかし鼠が「身の形代(身代わり)」になったという話は寡聞にして存じません。ですから御歌の背景となっているものが分からず、私には鑑賞できませんでした。


2834.Re: 雑の題詠「獣」2
名前:招き猫    日付:2009年10月8日(木) 22時
水垣様

ご感想ありがとうございました。
大変申し訳ありませんが、この歌は下げさせていただきます。
やってはならないことをこんな風に歌に詠んで、真剣に恥ずかしくなりました。汚れているんだなあと改めて思います。お恥ずかしい限りです。
ということで、意味不明なままでゴメンナサイ。
何とぞよろしくお願い申し上げます。
また改めて投稿させていただきます。


2835.Re: 雑の題詠「獣」2
名前:水垣    日付:2009年10月9日(金) 16時
招き猫様、お返事ありがとうございます。
お取り下げとのこと、諒解致しました。
謎めいた御歌、ますます気になりますが、仕方ありません。
またのご投稿をお待ちしております。

2827.新古今集に関して 返信  引用 
名前:案山子    日付:2009年10月5日(月) 22時
はじめまして、案山子と申します。
突然ですが、和歌に関しての質問はここでもよろしいでしょうか?
新古今集の春の歌・上、31番の惟明親王の歌についてですが、
作者はあまり有名でないようで(失礼ですけど(>_<))、あまり
それに関する資料が見当たらないのですが、
惟明親王の歌風や人間関係などに関する資料をご存知の方、
教えていただけませんでしょうか?
よろしくお願いします。



2830.Re: 新古今集に関して
名前:水垣    日付:2009年10月6日(火) 17時
はじめまして、掲示板管理人の水垣と申します。
惟明親王は『平家物語』『増鏡』などにチラッと出て来たと思います。後鳥羽院の兄宮ですから、後鳥羽院の史伝など読むと、大抵触れられているのでは。歌風を論じた文は存じません。
こちらは「和歌投稿掲示板」ですので、今後、ご質問は千人万首掲示板の方へお願いします。


2836.Re: 新古今集に関して
名前:案山子    日付:2009年10月11日(日) 4時
どうもありがとうございました。
大変助かりました。


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